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第10話 燃える城塞都市

 アロンの告白に一同の時が止まる。


「あいつは国が滅ぶ元凶を生み出した罪で死刑になる予定だった。敵が城内まで迫る中、王は最後に恨みを込めて、俺様であいつを刺し殺した。はは、笑っちまうよな。自分で作った武器で殺られるなんてよ」

「そんなっ……ひどい……!」

「アロン……」


 涙を流すファインと、言葉が出てこないグレース。プルも憎まれ口を叩く余裕がない。


「とまあ、しみったれた話はここまでにしようや。過去は過去、今はこの筋肉達磨と一緒に悪を成敗するぜぇ!」


 アロンが無理に気丈に振る舞っているのは誰もが察したが、それに乗るのが優しさだろう。


「ああ、そうだな。次の戦いでは期待しているぞ」

「おうよ! 逃げまくるぜ!」

「何も変わってないじゃないか。それでも俺は何度でも戻るぞ」

「私も頑張る!」

「ファインに戦う気持ちがあれば、わたくしは輝きを増すわ」


 暗い空気を吹き飛ばし、一行は前を向く。


―――――


「ね~みんな、夕日が綺麗だね!」


 隣街への護送の仕事を終え、帰路に付くころには日は大きく傾いていた。大地に近い部分がオレンジ、上に行くにつれて黄色になり、薄い青、そして黒に近い青とグラデーションを作っている。

 しかしよく見ると、一か所不自然に赤く染まっている場所がある。


「燃えて、いる……?」


 グレースが捉えた赤はぼやっと揺らめいているようにも見え、目を凝らすと煙が上がっていることが確認できる。


「ほんとだ……あの方向って、セクレタリアトじゃない……!?」


 間違いない。街道の先、自分たちが戻るべき城塞都市が燃えている。

 そんな馬鹿な。高ランクギルドであるアジャースカイが駐留している城塞都市が攻撃を受けているのか……?


 呆然と立ち尽くす二人は、燃える都市の方向からやってくる騎馬の集団の姿により我に返る。

 必死に手綱をしごき何度も馬に鞭を打つ集団は、あっという間にグレースたちのそばまで来る。


「邪魔だっ! どけっ!」


先頭の男が二人に叫ぶ。グレースは街道の真ん中で動こうとせず、ファインは彼の後ろに隠れる。


「待ってくれ! お前たちはセクレタリアトから来たのか!? 一体何が起きている!?」


 行く手を阻まれた騎馬たちがスピードを緩める。


「もうあの街は終わりだっ。いきなり化け物がやってきて、無差別に破壊と殺しを始めやがった」


 汗を滴らせて騎馬の男は言い放つ。


「なんだって!? あそこにはお前たちのような冒険者が、アジャースカイもいるんじゃないのか!?」 

「もちろんあいつらが迎撃に出たさ。でも全く歯が立たなかった。赤い戦姫もやられちまったって話だ」


 エルザ……! 俺抜きでドラゴンにさえ打ち勝った彼女たちがやられた……?


「ほらっ、早くどいてくれ。今は一刻も早くあそこから離れたいんだよ!」

「お前たちも冒険者だろう、なぜ戦わない!」

「俺たちみたいなのが向かっていったってむざむざ死ぬだけだ。言っただろ、あの街はもう終わったんだ」

「だとしても、街の人たちを逃がすのが先だろう! 自分たちさえよければいいのか!」

「うるせぇ……うるせぇ! てめぇはあの惨状を見てないから言えるんだ! 無力な奴は逃げるしかねぇんだよ……!」


 憤るグレースだが、ここで言い合いをしていても意味がない。


「頼む、馬を貸してくれ」

「はぁ? 逃げるなら歩いて逃げればいいだろ」

「逃げるんじゃない。俺は街を、人々を助けに行く」

「人の話を聞いてなかったのか、てめえ! どうしようもない化け物が暴れてんだぞ!」

「それでも俺は行かなくちゃいけない」


 梃子てこでも動かぬ姿勢と気迫を見せるグレースに、男は根負けする。もしかしたら、自分たちだけ逃げてきたことに恥じ入る部分もあったのかもしれない。


「分かった、分かったよ。おい、一頭こいつに回してやれ。いいな、これは貸しだぞ」

「恩に着る。借りは必ず返す」


 グレースは深く頭を下げ、引かれてきた馬の顔を撫でる。


「すまない、もう一つだけ頼みがある。この子も連れて行ってくれないか」


 もともと白い肌を更に蒼白にさせ怯えるファインを示す。


「それが懸命だ。構わねえ、乗りな」

「ファイン、君を巻き込みたくはない。行くんだ」


 小さく震えるファインだったが、唇をぎゅっと噛み、グレースを見据えて言う。


「私も行く。あなたを独りでは行かせないわ」

「駄目だ。相手はどんな怪物か分からない。今度は……君を守りきれないかもしれない」

「私がグレースを守る! ねぇ、プルちゃん、出来るよね?」

「貴女の闘志がわたくしに流れ込んでくるのを感じる。最高の気分よ!」


 ファインの左腕のガントレットは、普段より輝きを増しているように見える。


「しかし……」

「もう! 私たちはパーティでしょう? それとも私は足手まといなの!?」


 かつてない勢いでグレースに詰め寄るファイン。足手まとい、そんなことは一度も思ったことがない。それはむしろ俺の方なのだから。


「ありがとう、君の覚悟は受け取った。俺の後ろに乗ってくれ」

「うん!」


 先に馬にまたがったグレースがファインの手を取り馬上へと引き上げる。「しっかり掴まって」と言おうとするが、すぐにファインはグレースの腰に強く手を回し密着してくる。


「行くぞっ!」


 二人を乗せた馬は、赤く染まる城塞都市セクレタリアトへと駆け出す。

 普段なら率先して「逃げる」と言い出すアロンは、鞘の中で一言も発さず、葛藤にさいなまれていた。


 俺様を除く全員が、絶望的な状況に立ち向かおうとしている。そんな中で自分だけが覚悟が決まっていない。本心ではあの逃げ出してきた冒険者たちがうらやましいのかもしれない。


 敵がどんなに強くても、ちゃんとした武器を装備したグレースとファインのコンビなら、奇跡を起こせるかもしれないのに。


 すまないグレース。足手まといは俺様だ……。逃げることを宿命づけられた自分が、またしても滅びをもたらす存在になってしまう……。


 それだけは避けたい。アロンはみなとは別の覚悟に至る。

 彼は最後の戦いへと向かって行く。

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