「ん~美味しい! 自分の力で稼いだお金で食べるご飯って、こんなに幸せな味がするのね!」
小柄な体のどこにそんなに収まるのだろうと思う勢いで、ファインは食事をたいらげていく。
ゴーレム事件から数日後、食堂で昼食を採りながらグレースとファインは事の顛末を振り返っていた。
「依頼主のトマス・バンベリーは、ある地方貴族だったそうだ」
「じゃあその人があの男に悪さを頼んだの?」
「いや、本人は否定しているらしい。ギルド組合も、バンベリー卿は名前を使われただけだと判断したようだ」
「じゃあ、あの案内役の人は?」
「あの人もただ雇われただけで、何も知らなかったらしい」
「うーん、なんだったのか全然わかんないね。あっ、このサラダ美味し~」
モンスターを操っていた男は、ファインとプルちゃんの反撃で大けがを負っていたものの、一命をとりとめギルド組合による聴取が行われていた。
男は貴族の出で、魔法の才にも恵まれていたが、攻撃的で他者を見下す性格から王宮魔導士の任を解かれていたという。
「やつにあんな力を与えたという、謎の人物の調査も難航しているみたいだな」
自分を受け入れない社会に恨みを募らせていたところ、ある人物から力を授かったと男は聴取で話していた。
その人物は、冒険者たちを集めるからお前の恨みを晴らせ、復讐してやれ、と持ちかけたらしい。
「まったく迷惑な奴だぜ。まっ、俺様とグレースにかかれば楽勝だったけどな」
「あなたは今回も何もしてないじゃない。わたくしとファインの活躍のおかげだということを忘れないでくださるかしら」
「も~、喧嘩しないでよ、アロン、プルちゃん」
ファインはデザートに手を伸ばしながら、ナイフとガントレットをあしらう。
きらきらした目で一口一口味わうファインにグレースは温かい眼差しを向けつつ、頭では事件のことを整理していた。
最初に違和感を覚えた「冒険者ランクC以上、ギルドランクB以下」という条件。あれは結局、そこそこ強い冒険者を一網打尽にすることが目的だったのではないか?
実際、俺たちがいなければ30人近くの冒険者が殺されていた可能性は高い。
冒険者ランクAでギルドに所属していない俺は極めて珍しく、ファインもランクCだがプルちゃんの力は加味されていない。
俺たちの存在だけが黒幕にとってのイレギュラーだったのかもしれない。
グレース達が拠点にしている城塞都市セクレタリアトにはアジャースカイという絶対的なギルドがいるため、何らかの外敵が攻めてこようとも簡単には落ちはしない。
とはいえ一つのギルドで全体の守りをカバーできるほどここは狭くなく、ランクB以下のギルドも重要な戦力だ。
もしあの事件で30人近くの冒険者を失い、そこからも徐々に戦力を潰されていけば、不落の城塞都市とて危機を迎えていただろう。
黒幕の狙いがそこまで大きなものかは分からないが、これから用心するに越したことはない。
ギルド組合でも依頼の出所をチェックする機能の強化を打ち出している。
「ご馳走でしたっ!」
ファインの前には食べ残し一つない綺麗な皿がずらりと並んでいる。
これだけ食べても太らないのは、いつもちょこちょこと動いているからだろうか。
「よし、今は深く考えてもしょうがない。仕事に行くか」
「おっけ~! 今度は怪しい案件はやめようね」
「わたくしは構わなくってよ。強いモンスター、血が騒ぐわね」
「グレース、次はちゃんと俺様を使えよな」
「分かった分かった。適度な案件を見繕うさ」
一行はギルド組合会館で、隣街への輸送警護の案件を受ける。
荷馬車二台の小規模輸送で報酬も多くはなく、請け負ったのはグレースとファインだけだった。
隣町へは街道が整備されているため危険は少なく、念のための警護という程度だ。
二人は馬車に付き従う形で街道を歩いていく。快晴の空に爽やかな風。見通しも良く、危険が迫ればすぐに察知できるだろう。
「さっすがグレース、いいお仕事を見つけてくれたね!」
ファインがルンルンとスキップをする度に、両肩の横に束を作っている巻き髪がふわりとふわりと上下する。
小麦色を明るくしたようなやや赤みがある金髪は彼女いわく、ミルキーブロンドというらしい。
緑のワンピースのスカート部分もひらひらとなびく。18歳にしてはやや幼いところもあるが、そこが彼女を守りたくなる雰囲気を高めているのかもしれない。
「ファイン、伸び伸びするのはいいが、周囲の警戒は怠るなよ」
「は~い、グレース殿! 索敵は得意だから、まっかせて!」
ゴーレム事件でも隠れていた術者を探し当てたファインのことだ、返事は軽いがその能力に疑う余地はない。
「わたくしはもっと、血沸き、肉躍る強敵と戦いたいわ」
「また出たよ、戦闘狂女。何もないのが一番だってのによ」
「そうだな、ここはアロンの言い分を支持したい」
「なんでそんなチキンの肩を持つのかしら。理解に苦しむわ」
グレースはナイフとガントレットの言い合いに乗じて、これまでずっと抱えていた疑問をぶつける。
「なあアロン。お前はナイフ、武器として生まれたのに、なんでそんなに戦いを避けるんだ?」
いつもやかましいアロンが少しの沈黙の後、ぽつりと言葉を紡ぐ。
「俺様は争いをなくすために作られたんだ」
「どういうことだ?」
確かにアロンを手にした者はグレースのように、まともに戦うことはできなくなる。
ただ、だからといって争いがなくなることには繋がらない。
「何百年前かはもう忘れちまったが、人間同士で戦争がたくさん起きたんだ。その時に俺様は生まれた」
「知ってる! 1,000年ぐらい前に魔族をやっつけて平和になったのに、そのあと人間の国同士の戦いが広がっていったのよね……」
悲しそうな顔をするファインに、アロンは続ける。
「そうだ。俺様は当時最強の軍事国家で生まれた。王も人間離れした武力を持っていて、最前線に出て兵士を鼓舞しながら戦うスタイルで領土を拡大していったんだ」
思い出したくない過去を振り返るようなアロンの口調に、犬猿の仲のプルでさえ黙って聞いている。
「俺様を作ったのは、王にも武器を謙譲する腕利きの鍛冶職人だった。でもあいつは、自分が作った武器で命が失われていくのに耐えられなくなった。それで俺様、『絶対に逃げるナイフ』を作って、王に渡した」
「なるほどな。戦う王を戦えない王に変えたというわけか」
「ああ。あいつの目論見通り、敵を前に逃げ出す王を見て兵士たちの士気は大いに下がった。侵攻どころじゃなくなったんだ」
「すごい! アロンが争いをなくしたんだね!」
普段ならここで威勢の良い言葉が出るであろうアロンは、静かに続ける。
「世の中、そう簡単にはいかねえんだ。大国が戦えなくなったと分かると、これまで侵略されてきた他の国が一気に反攻に出た。俺様が生まれた国はあっけなく滅んだよ」
「そんな……」
奪う者と奪われる者がささいなきっかけで逆転することは往々にしてある。
グレースはアロンを作った人間の想いに共感しつつも、現実は不条理なものだと胸を痛める。
「あなたを作った人も、そんな結果は望んでなかったはずなのに……」
「もちろんだぜ、ファイン。しかもよ、あいつを殺したのは……俺様なんだ」
「えっ……?」