ファインが振り返ると、冒険者たちを圧倒していたモンスターたちが一か所に集まり始めていた。
どの個体も体がドロドロと溶けていき、結合していく。数十体のモンスターが融合し、巨大な一つの塊となる。
うごめく土の塊は次第に胴体、手足と分かれていき、一体のゴーレムへと変化する。
5、6メートルはあるであろう巨体、樹齢100年を超える大木のように太い腕。首はなく丸い頭は目と口の部分に黒い穴が開いており、不気味さを引き立てている。
「ブオオオオオオ!!」
大気を揺らすほどの咆哮を上げ、呆気に取られている周囲の冒険者を薙ぎ払っていくゴーレム。
これまで効果があった水属性の攻撃で応戦するも、ゴーレムの体はもう土ではなく、岩のようにぎちぎちに固まっており、焼け石に水にもならない。
「うわあぁぁぁ……!」
次々と蹂躙されていく冒険者たちを、ファインは遠くから眺めることしか出来ない。
「止めてっ! お願い、もう止めてっ!」
「死ね、死ね、死ね……」
男の目は血走り、狂気で満ちている。ズシン、ズシン。ファインの後ろから大地を揺るがす足音が迫ってくる。
「あ……あ……」
無表情で近づいてくるゴーレムの姿についにファインの気持ちが切れ、膝が折れる。
プルちゃんならあの怪物の攻撃も防げるかもしれない。でも、あの巨大な腕で殴られたら全身をガードできる保証はない……。
「グレース……! グレースぅぅぅ!!」
空へと向けて叫ぶファイン。目前まで迫るゴーレム。
「……ぉぉぉぉおおおお!!」
恐怖のあまり目を閉じていたファインの耳に雄たけびが響いてくる。彼の声だ! 来た、彼が戻ってきた!
歓喜と共に目を開けたファインが見たのは、白いふんどし一丁で戦場へと爆走してくるグレースだった。
「へ、変態っ……!?」
ピンチのヒロインを助けるヒーロー。そんな場面なはずなのに、私のヒーローはなんでふんどしなの!?
土煙を巻き上げ、バサバサとふんどしをたなびかせて鬼の形相で向かってくるグレース。かっこいいの、かっこ悪いの、どっちなの!?
どっちでもいい、彼はあんなに必死になって戻ってきてくれたのだから。
「グレース! 敵はこの一体だけよ!」
「分かった!!」
目の前のファインよりも新たに現れた男を脅威とみなしたのか、グレースの方を向くゴーレム。巨腕を大きく振りかぶり獲物に照準を定める。
いくらグレースが巨躯とはいっても、巨大なゴーレムとのリーチ差はあまりにも大きい。しかも武器はアロンだけ、ナイフで補える距離ではない。
それでもグレースはスピードを緩めることなく、一直線に敵へと突撃していく。
ブンっ! その巨体からは考えられないスピードでゴーレムの拳が振り下ろされる。人間が生身で喰らえば肉塊にされるであろう威力。
「ぬおぉぉ!!」
グレースは左足の大殿筋、大腿筋膜張筋、ハムストリングス、ヒラメ筋……鍛えに鍛えた筋肉群を総動員し、身体を捻り紙一重でゴーレムの巨腕をかわす。
敵の懐に飛び込んだグレースは、腰の筋肉とバネを使い遠心力を最大まで高める。広背筋に鬼が宿り、右腕に全てのエネルギーが集約する。
「うおおおぉぉぉぉ!! 爆砕拳っっっ!!」
すさまじい破砕音と共に、渾身の右ストレートがゴーレムの岩の体を貫く。ぽっかりと大きな風穴が開いた腹部からビキビキとヒビが全身に広がっていき、岩の巨人は爆散する。
「ふうううぅぅぅ」
粉々になったゴーレムの破片が降り注ぐ中、グレースは大きく息を吐く。
彼の体から湯気が立ち昇り、筋肉に沿って汗が伝っていく。彫刻のような、いや、彫刻などより芸術的な肉体を太陽が照らす。
ファインは神々しい何かに触れた気がして一瞬うっとりするが、頭をぶんぶんと振り現実に戻る。
「グレース! もうっ、遅いわよ!」
「すまない。少しでも早く戻れるよう、服も脱いだんだが」
重い鎧ならともかく、今日のグレースは軽装だったはずで、その行為に意味があるのかファインには疑問だったが、彼が一生懸命なのは十分に伝わった。
「なぜだ……!? こんな変態に私の最高傑作が、負けるわけが……ぐふっ」
ゴーレムを操っていた男は突っ伏して動かなくなる。これでもうモンスターが新たに生まれることもないだろう。
「誰だ、あいつは?」
「たぶん、黒幕?」
「すごいな、君が倒したのか?」
「主にプルちゃんだけどね」
ファインはガントレットを大事そうにさする。
「もう戦いは終わりかしら? つまらないこと」
「今日も俺様の活躍のおかげだな!」
「いや、アロンは本当に何もしていない。邪魔しかしていない」
「そう言うなよ相棒~」
「まぁまぁ、今日はみんなの勝利ということで、やったね!」
ファインの総括で一同、勝鬨を上げる。
「あんた、すげえな。卑怯者だなんて言って悪かった」
「貴女の指揮も冴えてたわ、ありがとう」
冒険者たちが傷ついた仲間を支えながら、二人の元に集まってくる。
「それにしてもすごい身体……なんでほぼ裸なのか分からないけど、ちょっと触ってもいい?」
戦士風の女性冒険者がグレースに近寄る。
「あ、ああ、構わな……」
「ダメですっ! グレースは見世物じゃありません!」
二人の間に割って入るファイン。
「いいじゃない、減るもんじゃないし」
「グレースは私の……私の仲間ですから、ダメなのものはダメなんですっ!」
「ふーん、じゃあまたの機会に」
珍しくぷんぷん膨れるファイン。グレースはそんな様子を微笑ましく眺めるのだった。
白いふんどしが心地良さそうに、風で揺れていた。
―――――
「申し訳ございませんっ……! 力を与えた人間が敗れました……!」
青白い肌に尖った耳を持つ男が、床に頭をこすりつけて玉座に座る人物に許しを請う。
「我らが魔の力を与えたとて、しょせん人間は人間。余は申したであろう、役になど立たぬと」
日の光の届かない暗い部屋に、青い炎を放つ松明が不気味な陰影を作る。
「こ、この失態は必ず挽回いたしますっ……!」
「もうよい。余みずから人間に鉄槌を下す」
「貴方様はまだ目覚められたばかり……どうか私にもう一度機会をくださいませ……!」
「くどい。余の体も魔力も既に全盛期を取り戻している。人間の前にお前が死ぬか?」
「ひいいぃぃ、ご勘弁を……」
「ふん」
玉座から立ち上がった人物は、2メートルをゆうに超えている。高みから、土下座をする男を侮蔑がこもった目で見下す。
人間で言うと端正な顔立ちだが、肌は青みを帯びた黒で、肩まである長髪も闇のように暗い。瞳のない真っ赤な目はあらゆる生物に畏怖の念を抱かせる。
全身の黒と対照的な乳白色の角が二本、頭から生えていることが男が人間でないことを示している。
剥き出しの上半身を占める発達した大胸筋、6つに盛り上がった腹筋は鎧のようだ。
両腕と腰回りに真っ黒な装具を付け、下半身はひらひらとしたスカート状の布が覆っている。
「1,000年の眠りより目覚めし、このインリアリティが直々に人間を滅ぼす! まずはこれまで数々の同志を
「ははあぁ!!」