グレースの呼びかけは届かず、先行した冒険者がモンスターと衝突する。
戦士の大剣がクリーンヒットするが、土人形は欠片が軽く飛び散る程度で、逆に戦士にカウンターパンチを返す。
グレースほどではないが大柄な戦士は、ズシンと音を立てて仰向けに倒れる。鉄の鎧にはヒビが入り、痛手を受けた戦士はなかなか起き上がることができない。
「サンダー・アロー!」
女性魔導士が雷属性の魔法を放つ。何本もの雷の矢が土人形を貫通し、穴だらけになる。
「やった!」
魔法を放った魔導士が歓喜の声を上げるが、土人形に開いた穴はみるみる塞がっていく。
「ええっ!?」
戦場の至る所で同じような攻防が繰り広げられていた。こちらの攻撃はほぼ効果がなく、前衛職の面々は敵の痛打を喰らっていく。
「あいつらは低級なんかじゃない」
グレースの首を汗が伝う。やはりこの案件、何かがおかしい。すぐ傍でおろおろしているファインに声をかける。
「ファイン、君だけでも逃げられないか?」
「ダメ、です……もう戦闘に入ってしまったので、私は逃げられません」
「ほら、敵よ、敵! 戦いよ!」
プルちゃんだけが威勢よく叫ぶ。どうする? 俺が普通に戦えれば状況を変えることもできるが、アロンのせいでそうもいかない。
思考を巡らせる間もなく、数匹のモンスターが二人にも迫る。
「ファイン! 俺が戻るまで、持ちこたえてくれ!」
「な、なるべく早くお願いしますぅ……」
グレースは眼前に迫るモンスターたちに向け走り出す。大きく腕を開き、高速で身体を回転させるグレースを中心に小規模な竜巻が発生する。彼は竜巻と共にモンスターに突進する。
「ブラキアリス・タイフーン!!」
ズガン! ズガン! 大きな衝撃音が響く。グレースが回転を止め、竜巻が消滅すると、辺りには粉々になったモンスターたちの破片が散らばっている。
「なんだあいつ! すげえパワーだ! これならやれるぞ!」
近くにいた冒険者が感嘆の声を漏らす。
「逃げ、逃げ、逃げるんだ~!」
いつものようにアロンが喚く。回れ右をして駆けだすグレース。
「ファイン、すぐ戻る!」
「う、うん!」
猛然と逃亡するグレースを見て、一瞬盛り上がった冒険者たちは罵声を上げる。
「ふざけんな! なんで逃げてんだよ!」
「あの黒髪、
「彼は戻ります! 今は戦線の維持を……!」
「おい、俺たちも逃げるぞ!」
ファインの呼びかけを無視して撤退しようとする冒険者が出始める。しかし、先ほどグレースが走り抜けた後方でも地面が盛り上がり、モンスターが10体ほど出現する。
「ぐわああぁぁ!」
逃げようとしていた冒険者が、新たに生まれたモンスターの餌食となり倒される。前後を挟まれた冒険者たちはじりじり包囲されていく。
「嫌だ、死にたくない!」
「誰か助けてぇ!」
各所で悲鳴が上がり、混乱が広がっていく。ファインも恐怖に負けそうになるが、グレースを信じる心が彼女を奮い立たせる。彼は必ず戻る!
ファインは冷静に敵を分析する。動きは早くないが、固く、粉々にしない限りは再生する。でも相手は土から生まれた……だったら。先ほど魔法で攻撃を試みた魔導士に声をかける。
「水属性の魔法は使えますか?」
「つ、使えるけど……大した威力はないわよ」
「構いません。それで攻撃してください」
「分かったわ、もう一か八かよ! アクア・ウェーブ!」
人の背丈ほどの波がモンスターへと向かっていく。しかし規模は大きくなく、横幅は1メートル程度に過ぎない。
ザバアア、波に打たれたモンスターだが、その場から動かすこともできない。
「やっぱり意味ないじゃない!」
「いいえ、見てください」
攻撃を耐えたかに見えたモンスターだったが、ドロドロとその身が崩れていき、地面へと帰っていく。
「やったの……?」
「はい。やっぱり敵は水が弱点のようです」
ファインは戦闘力こそ高くないが、偵察や諜報をメインとしてきたギルドにいただけあって、情勢を分析し、対策を立てる能力には長けていた。
「みなさん、水属性の魔法やスキルを使える方は攻撃を! それ以外の方はサポートしてください!」
「お、おう! やるぞ!」
「こんなところで死んでたまるか!」
ファインの号令に応じる冒険者たち。混乱は収まり、それぞれが連携を取って反攻に出る。
これまで後方支援しかしてこなかったファインにとって、指揮を執るのは初めてのことだった。
臆病者の私がこんな風に振る舞えるなんて……。グレースがいなければ、彼に出会わなければ今ごろ私は泣いて助けを乞うだけだったろう。
「やれる、やれるぞ!」
負傷者を出しながらも、徐々に敵の数を減らしていく冒険者たち。残るモンスターはあと数匹、というところで異変が起こる。
再び至る所で地面が盛り上がり、土人形が、アメーバが、巨大な腕が次々と生えてくる。その数は50体に迫る。
「うわああぁぁぁ!」
戦える人数が減っている冒険者たちは防戦一方になり、形勢は一気に逆転されていく。
「そんな……」
立ちすくむファイン。だけど、ここで諦めるわけにはいかない……! もうすぐ彼も戻る!
それにしても、モンスターたちが見計らったかのように湧き出てくるのはおかしい。ファインは自身の感を信じ、索敵魔法を詠唱する。
モンスターが約50体。それだけ……? ファインが更に集中すると、奥の森にかすかな気配を感じる。
巧妙に悪意を隠しているが、冒険者ともモンスターとも違う、ねちっこいオーラをつかむ。
「プルちゃん、お願いっ!」
ファインは左手のガントレットを盾のように掲げながら、モンスターの間を縫っていく。
「わたくし土いじりは嫌いですわ」
モンスターの攻撃はプルちゃんに止められ、ファインには届かない。抜けたっ!
「そこにいるのは分かっています。出てきてください」
森との境界まで走ったファインは一本の大木に向かって言う。すると、男が木の陰から半身を乗り出し、ファインを品定めするようにぎょろぎょろと見る。
「なんだ、お子様じゃないですか。よく私を見つけましたね」
コソコソと全身を現す男。パリッと襟を正したワイシャツに黒のベスト、羽織っている黒いマントは内側にオレンジの装飾が施されており、いかにも上級魔導士といった装いだ。
「貴方がモンスターを操っているんでしょう? 理由は後から聞きます。今すぐ止めてください」
「はっはー! もう君たちは死ぬだけです。私の力を軽く見た奴らへの生贄になってもらいます」
男は身なりに似つかわしくない、下品な笑みを浮かべる。
「言っていることがよく分かりませんが、止めないなら、実力を行使します」
「君のようなお子様に何が出来ると言うのです?」
勢いでここまで来たものの、この男の言う通りだ。プルちゃんは防御に長けているけど、私の腕力では殴りかかったとしてもダメージは与えられない……グレースがいてくれれば……。
「私を見つけたご褒美に、この手で葬ってあげましょう」
男は杖をかざし魔法を詠唱する。杖の先に灯った炎がどんどん大きくなり、ファインを丸ごと呑み込めるほどのサイズに成長する。
私って、バカ……何もできないくせに調子に乗って。あんなの避けられない……!
「戦うのよ、ファイン!」
折れそうになった心をすんでのところで支えたのは、プルちゃんの声だった。
「貴女の戦う意志がわたくしを強くする!」
「プルちゃん……?」
「大丈夫、貴女は強いわ!」
「分かったよ、プルちゃん!」
「何をごちゃごちゃと! 死になさい!」
男が放った巨大な火球がファインに迫る。負けない、負けない、私はプルちゃんと戦うんだ!
前に突き出したファインの腕に火球が触れる。爆発音もせず、熱さも感じない。火球はガントレットにはめ込まれた一番大きな宝石に吸い込まれていくだけだった。
「下郎にしては、まあまあの魔力ね。ファイン、解き放ちなさい!」
プルちゃんの声に呼応して、ファインは叫ぶ。
「うんっ! リフレクション・ブーストっ!!」
先ほど火球を吸い込んだ宝石が眩い光を放ち、より巨大になった炎の塊が吐き出される。
「なにぃっ! うわああぁぁっっ!!」
猛々しい炎の塊が男を呑み込む。大きな炸裂音と共に、爆風がファインのスカートを揺らす。
「魔力が足りなかったようね。消し炭にしたかったのに、残念だわ」
土煙が晴れると、全身黒こげになり這いつくばっている男がファインの目に入る。
「こ、こんな、ことが……かくなるうえは……!」
男はうつぶせのまま弱弱しく片手を上げる。掌が黒い霧のようなオーラで覆われていき、冒険者たちとモンスターが戦っている戦場に向けて闇の閃光が放射される。
「何をしたのっ!?」
「もう誰もアレを止められませんよ……ひひひひひ……」