「変態!?」
ファインの口から正直な言葉が漏れる。筋肉の塊のような大男が、ふんどし一丁で驀進してくるのだからしょうがない。
「な、なんだ、あいつ!?」
「
「なんで全裸なんだ!?」
チンピラたちも異様な光景におののく。
「のこのこ戻ってきやがって、卑怯者が! あいつは鎧も付けてねぇ、ズタズタにしてやれ!」
リーダーの声に二人の男が、猛然と近づいてくるグレースに向けて剣を構える。馬鹿め、あのスピードでは急には止まれまい。タイミングを合わせて剣を振り下ろすだけだ。
「死ねえぇ!」
バキバキっ、と床が破壊される音と共に、チンピラたちの剣は空を切る。
こいつ、直前で足を床にめり込ませて止まりやがった……! どんな足の力してんだよ……!
グレースは床に沈んだ左足を抜くと、両足に目いっぱい力を込める。筋肉が膨張し、床がメキメキと音を立てる。
「ふんっ!!」
グレースは足の力を解き放ち、前方へ跳躍する。両腕を大きく広げ、左右にいる男たちをラリアットで吹き飛ばす。そしてそのまま着地することなく、ファインの傍にいるリーダーにドロップキックをお見舞いする。
「ぐぼあぁぁ!!」
腹部にドロップキックを受け、後方の卓に激突するリーダー。卓は粉々に壊れ、男もゴロゴロと転がって動かなくなる。
「逃げる、逃げるぞグレース!」
「戦いはもう終わった」
「へ?」
4人いたチンピラは全員がノックアウトされ意識を失っている。
「ふー、俺様の大活躍で危機は去った!」
お前は何もしてないだろう、という突っ込みもせず、グレースは呆然と立ち尽くすファインに声をかける。
「ココットさん、大丈夫ですか?」
「は、はい。貴方のおかげで……」
ファインの目線の先には逞しい胸筋があり、グレースの呼吸に合わせて6つに割れた腹筋が上下する。そしてその下には股間部分を覆う白いふんどし……。
男性の裸に近い体を見るのは初めてで、ファインは顔を真っ赤にして目を逸らす。当のグレースは全く意に介していない様子で真顔で言う。
「良かった。牧師さんは?」
「あっ!」
ファインはうつ伏せになった牧師の元へ駆け寄る。
「息はしています、気を失っているだけみたいです」
安堵の顔を見せるファインに、グレースはふんどし一丁で続ける。
「ここは私が見張っておくので、ココットさんはギルド組合に行って助けを呼んでもらえますか?」
「分かりました。すぐに戻ります!」
グレースは牧師を慎重に仰向けにさせ、楽な姿勢を取らせる。4人のチンピラもそれぞれ調べるが、死んではいない。しかししばらく目を覚ますことはないだろう。
「よし! よし! よし! これなら最低限、戦えるぞ!」
静かになった教会で一人、咆哮を響かせるグレース。たとえ逃げてしまったとしても、戻ってくればいいだけの話。重い鎧を脱ぎ捨て、なりふり構わず走ればロスは最小限に抑えられる。
さらに「一度の攻撃で逃げる」のであれば、先ほどのように一撃で複数の敵を巻き込めばいい。
「だが、戻れはしない、な……」
確かに多少は戦えることは分かった。しかし深いダンジョンを探索し、強大な敵を相手にするアジャースカイでは圧倒的に足手まといになるのは変わらない。
少しだけ胸のつかえが取れた気もしたが、グレースの失望感と喪失感は残ったままだった。
―――――
「違うんです! この人は私と牧師さんを助けてくださったんです!」
「この変態が?」
ファインと共に駆けつけたギルド組合員は、グレースを捕まえようとしていた。
めちゃくちゃになった教会と床に転がる5人の男、そこに
「おい、変態だってよ。勘弁してくれよ、俺様の名誉に関わるぜ」
「黙ってろ」
ナイフのぼやきに小声で返すグレース。
「ほ、本当です……この方は私たちを守り戦ってくれました……」
意識を取り戻した牧師の言葉で、ギルド組合員はしぶしぶ納得する。
「では、賊の4人を捕縛! この方は病院へ」
ギルド組合員たちに連行されていくチンピラたち。
「ありがとうございました……お礼はまた……」
担架に乗せられ運ばれていく牧師を見送る。グレースとファインだけが残される。
「牧師さんも命に別状はなさそうだな。君も無傷で本当に良かった」
「貴方の助けがなければどうなっていたか……それに、このガントレットにも救われました」
ファインは左手で輝くガントレットを優しく撫でる。
「あんたに死なれて、あの下郎と契約するなんて、わたくし嫌ですもの」
つんけんした調子でガントレットから声がする。
「そちらもしゃべるようになったのか!?」
「そうみたいです。彼らの攻撃から守ってくれました」
「わたくしは戦えと言ったのに。あら、あなた、素晴らしい身体! なんて美しい……わたくしと契約してくださないかしら?」
ガントレットの提案はグレースにとって魅力的なものだった。逃げてしまうナイフより、逃げられないガントレットの方が俺には合っている。
「おいおい、こいつはもう俺様と契約してんだ。こっちだって、こんな戦い大好き男より、そちらの可憐なお嬢さんと契約したいのはやまやまなんだよ」
「なんなの、あんた。ヘタレのくせに」
「お、俺様はやるときはやるんだ! 戦闘狂のイカレ女!」
「わたくしを侮辱するの? やるならなるわよ」
「そこまでだ」
ナイフとガントレットの言い合いに辟易したグレースがぴしゃりと言う。
「お互い、状況は変わらないみたいだな」
「そうですね……」
俯く二人。しばらくの無言を経て、ファインが顔を上げる。
「ファンデンブルグさんは
「そうだ。そうだった、というのが正しいかもしれない。俺はもうギルドを抜けた身だ」
「そうですか……これからどうされるんです?」
「ソロでやっていくか、いっそ旅にでも出るか。決まっていない」
ファインはグレースの目を見つめる。グレーの目の中の、黒い瞳が強い意志を放つ。
「良かったら、私とパーティを組んでくれませんか?」
「俺と、君が?」