「じゃあ、非日常を体験したい」
私はスマホをソファに置いて、ママに顔を向けた。
「非日常? 例えば?」
ママは首を傾げ、ぼんやりと正面を見つめる。視線の先の無機質な真っ白の壁には、田園を題材にしたシンプルな水彩画。
「ママとふたりで、普通の親子みたいに気楽な休日を過ごしてみたい」
我ながらドラマチックな表現だと思いつつ、私は思いの丈を端的に伝えた。ママに倣って風景画を見つめながら、Tシャツの裾をぎゅっと握った。ママはくすくすと笑って、ソファから立ち上がった。
「ええ、そうしましょう。ママもちょうど、同じ提案をするつもりだったの」
そうして、ママと私はリビングを離れた。テレビを消して、部屋着からカジュアルな普段着に着替えて、日焼け止めを塗って、簡単な化粧をして、開店時間になったばかりのスーパーに向かった。
「そんなに楽しいの? ハナちゃんやパパのおうちの近くにあるチェーン店と、売ってあるものはあまり変わらないように思えるけれど」
苦笑いするママを横目に、私は跳ねるようにスーパーの中を進んでいく。まばらな店内では、聞き覚えのないアップテンポのテーマソングが流れていた。
「ううん。似てるようで、全然違うもん。私にとって、ここは非日常の世界の第一歩だから」
ママの言うとおり、ここには自宅近くのスーパーと同系統の品物が売られている。肉、魚、アルコール、スナック菓子、アイス。けれど、目を凝らせば違いがわかる。同系統であって、同じではない。類似でもない。ここにしかない輝く品々が、所狭しと折り重なっている。
JR香川のシールがついたレタス、徳島の生産者の顔写真の載った牛乳パック、愛媛のみかんが乗ったケーキ、なすそうめんの惣菜のパック、高知産の金目鯛の煮付けもの。
「欲しいものがあるなら、言ってくれればいつだって送ってあげるのに」
「いま、ここで自分で選びたいの。地産地消の生活を体感したいから」
目についた魅力的なものを、ママが押すカートのカゴに入れていく。色とりどりの食料品と、褪せた色合いの飴やお菓子をたくさん買った。重たいビニール袋をふたりで2袋ずつ持って、朝日の眩しい歩道を歩いた。化粧の薄い普段着のママは、鼻唄を歌って微笑んでいた。
「あら。すごく美味しい。ハナちゃんがこんなにお料理上手だなんて、ママは全然知らなかったわ」
マンションに帰りつき、花柄のエプロンを借りた私はキッチンに立った。スクランブルエッグとシュガートーストと、それから今朝採れたばかりだという産地直送の果物でスムージーを作ってあげた。ママはとても喜んでくれた。