「ハナちゃんは本当に賢い子だね。天才はやっぱり、考え方からして違うね。僕がハナちゃんくらいの頃は、本当に何も考えてなかったよ。サッカーと女の子のこと以外、頭のなかには何もなかった」
「私の遺伝子としては出来すぎているくらい、ハナちゃんは聡明よ。母親として、とても誇らしい気分だわ」
おじさんも、ママも、私がとりとめのない意見を伝える度に、必ず私を誉めてくれた。気恥ずかしかったけれど、悪くはない気分だった。
ママが5杯目のお酒を飲み終えたころ、ママと私は帰宅することにした。おじさんがスマホアプリで呼んでくれたタクシーに乗り込み、ママと一緒に車内から手を振った。
「すごく楽しかったよ。また来てね、ハナちゃん」
手を振るおじさんは、お酒の力で些か上機嫌になっているように見えた。
「うん。またね」私ははにかんで頷いた。
運転手がクラクションを軽く鳴らし、タクシーが緩やかに動き出す。ヘッドライトのハイビームが真っ暗な農道を照らす。ガタガタのアスファルトの上を、跳ねるように車体が進む。
「今日は付き合ってくれてありがとう。ハナちゃんのおかげで、ママはすごく楽しくて幸せだわ」
清潔で他人行儀なタクシーの後部座席で、ママは私の髪を撫でながら呟く。真っ暗の車窓を眺めていた私は、理由もなく聞こえないフリをした。
車窓の向こうにはきっと、真っ青の稲の田んぼや色とりどりの野菜の畑が広がっているはずだった。けれど、対向車も電柱も住宅も何もない農道では、作物を照らす明かりは何もなく、いくら目を凝らしても暗闇以外は見えなかった。
「ハナちゃんがいるから、ママはママでいられるの。ママが仕事を楽しいと感じられるのも、明日も頑張って生きていこうと思えるのも、全部ハナちゃんのおかげよ」
ママは再度、念を押すようにそう言った。お酒に乗せられたあまりにオーバーな表現に、言い終えたママは思わず笑っていたけれど、それでも私は嬉しかった。
「ありがとう、ママ。私もママが大好き」
ママの吐息に滲むアルコール。揮発を終えた甘い香水。私の髪を撫でるママの細く長い指。タクシーの運転手の鼻唄。ラジオから流れるフォークソング。閉じた窓の外に確かに存在する、これから育っていく青い稲の爽やかなにおい。
五感を刺激する慣れない刺激に包まれて、私は静かに目を閉じる。
はじめての香川の夜は、そうして静かに終わっていった。