ママとおじさんは、なおもふたりだけの世界で笑いあう。ママの心を許した横顔を見たのは、すごく久しぶりの気分だった。少なくとも、パパに向ける形式じみた笑顔とは一線を画していた。
その大きな違和感を、私はもの悲しい気持ちで黙って眺めていた。
「ま、僕の呼び方なんて、本当は何でもいいんだけどね。名前なんてそもそも、ただの記号やレッテルの類いに過ぎないだし」
立ちすくんで疎外感を抱えていた私の存在に、おじさんがようやく気づく。彼は柔らかな視線を、私に向けた。ママは自分のネイルに視線を向けていた。「ハナちゃんが好きなように、気軽に呼んでよ。あ、おじさんはハナちゃんって呼んでもいい?」
「は、はい。よろしくお願いします」
私は白のワンピースの裾をぎゅっと握ったまま、こくっと小さくうなずいた。
それから、私とママはカウンターに並んで座った。あおいおじさんお手製のハンバーグをふたつ注文して、ジンジャーエールと日本酒とビールで3人で乾杯した。
「はい、どうぞ。ハナちゃんのお口に合うといいんだけれど。熱いから、気を付けて食べてね」
おじさんの作った料理は、どれもおいしかった。季節の野菜と半熟卵のサラダも、トマトソースのハンバーグも、付け合わせのオクラとキュウリも、そら豆の醤油煮も、茄子の揚げ出しも、食後のデザートの桃のムースも、全部温かくて正しい味がした。
ひとりで過ごす都会の自宅のダイニングでは、食べ慣れていない味だった。
「新鮮な野菜って甘いんだね。いつもスーパーで買うものとは、歯応えとか香りとか、全然違うような気がする」
そら豆を箸でつまみながら、私はぽつりと呟いた。隣に座るママは自慢げに、私の髪を撫でて日本酒を傾けた。おじさんは奥のキッチンで、空いた皿を洗っていた。
「ええ。香川の食べ物は本当に最高よ。ママが幼小期に過ごしたころと変わらない、自然に満ちた味がするわ。それに食べ物だけじゃなくて、空気も澄んでいて綺麗でしょう?」
いささか酒に焼けた静かな声で、ママは頬杖をついて薄い笑みを浮かべる。時おり同意を求めるように、私に横目で視線を送りつつ、ママはぼんやりとエプロン姿のおじさんの背中を見つめていた。
「うん。本当に素敵なところ」
「蝉が鳴いて、蝶々が飛んで、道端で野花が揺れる。そんな素朴な風景、都会では中々見ることができないでしょう? 言い過ぎだと思うかもしれないけれど、ここはきっと天国や楽園に近しい場所だと思うの。ママが欲しいもののすべてがここに揃っていように思えて、本当に毎日が愛しくてたまらないの」
「今日のママはよく話すし、よく笑うね。ママはひとりの方が、パパと私と暮らしているときより幸せそう」
無意識のうちに、うっかり本音が漏れ出てしまった。饒舌なママの話を遮り、棘のある冷たい言葉を吐き出してしまったことに、我ながら驚く。そら豆の醤油煮なんて食べなれていない郷土料理を食べたから、普段は絶対に誰にも見せない本心がむき出しになってしまった。