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第3話 夏の前触れ_2

 職場結婚をした国家公務員のパパとママは、ふたりで交互に単身赴任を繰り返している。義務教育中の娘がいるのだから、希望を出せば、もしかしたらふたりとも一緒に暮らせるのかもしれないけれど、パパもママもその希望を出したことはないみたいだった。

 ふたりはいつも、深夜まで職場にいる。夜遅くまで、何をしているのかなんて知らない。パパとママが私の学校での日々に興味がないように、私もふたりの仕事に関心を持てなかった。

 「だからね、夏の香川に来てほしいの。田園の景色が綺麗で、空気が澄んでいて、セミの声が絶え間なく聞こえて、人も優しくて、煩わしいものが何もなくて、うどんも野菜も美味しいのよ」

 ぼんやりしている間に、ママはひとりで話を続けていた。私は眠い目をこすりながら、断る口実を探していた。ママの思い付きに振り回され、得体の知れない夏を過ごすのは嫌だった。

 「誘ってもらえて嬉しい。でも、パパは知ってるの?」

 就寝時刻が近づき動きの鈍くなった頭で、婉曲した拒絶の言葉を探して口にする。パパ、という単語に、ママの眉が僅かに動いた。


 今年の3 月まで秋田に赴任していたパパは、ママと入れ違いでこの家に帰り、そして毎日深夜まで残業をしている。パパは今日の夕方、”パパは今晩、遅くなります。ハナちゃんは、先にご飯を食べて、戸締まりをちゃんとして寝ててね。お勉強頑張ってください”というメッセージをくれた。私は広く静かなテーブルで、ハウスキーパーさんが作った夕食を5日連続でひとりで食べた。


 「パパにはこれから伝える予定よ。パパもきっとね、ハナちゃんに広い視野を持った大人になってほしいと願っているの」

 「そうかな」

 「もちろん。だからきっと、見知らぬ土地でひと夏を過ごすという特別な経験にも、きっと喜んで背中を押してくれると思うわ」

 パパと久しく連絡を取っていないママは、その事実を隠しもせずに、娘の私に微笑みかける。

 パパは恐らく、私の不在を喜びはしない。けれど平日の昼間に、私に構う時間を作ることもきっとできない。

 午後11時30分。

 頭上の無機質なLEDの明かりは、14歳のひとりの夜には、あまりに眩しかった。夏休みの40日間、静まり返ったこの部屋に居続けることは、昨夏に孤独を知った私には難しいことだと気づいた。

 「そう。じゃあ、行ってみようかな」

 「ありがとう、ハナちゃん。寝る前に夏休みの日程を連絡してね。飛行機のチケット、今日中に取っておくから」

 私の承諾を取り付けたママは破顔し、明日のプレゼンの用意があるからと通話を切った。

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