別れる人に花の名前を教えなさい、と夏のはじめに読んだ本が言っていた。
その花が咲くたびに、あなたのことを思い出してもらえるから、と。
14歳。夏休みの終わり。
頭上には、透き通る青空と幾重に連なる入道雲。足元には、真緑の稲畑の間を一直線に走るでこぼこの畦道。右を見れば、”JA香川”の野菜の直売所の案内看板。左を見れば、路傍に咲く赤と白とピンクの田んぼの花。
遠くに繁る大木の木陰には、太陽から隠すように置かれた泥まみれの白の軽トラ。その荷台であぐらをかき、真剣に風景をスケッチするTシャツ姿の線の細い男の人。
目深に被った麦わら帽子の下で、私は伝えるべき花の名前を、何度も何度も復唱していた。