涙目の黒髪の少女は顔を上げ、隙のできたデイジーの胸元を思い切り突き飛ばす。デイジーに盛大によろけ、金髪のポニーテールと黄色のマントが大きく揺れる。即座に態勢を立て直したデイジーは、真顔になって右の銃ホルダーから銃を取り出す。躊躇ないスムーズな動作で、少女たちに発砲の態勢をとる。
「待て! デイジー!」
置物のように縮こまっていた百日紅が、バディの衝動的な行動に目を丸くし、大きな声で咎める。それと同時に、彼の年相応の成長途中の貧弱な身体が、無意識に動き出した。
百日紅が、銃を向けるデイジーと蹲る少女たちの間に割って入る。少女たちを守るよう、膝立ちで両手を大きく広げた百日紅は、恐怖に震え精一杯に目を瞑った。
軽やかな発砲音が、静かな早朝の湖畔に鳴り響く。驚いた雀たちが、近くの木々から一斉に飛び立つ。
白い煙とともに、独特のにおいが百日紅たちの周りに立ち込める。発砲からしばらく時間が経ってから、自分自身が痛みを感じていないこと、また周囲からうめき声や血の匂いを感じないことに安堵を覚えた百日紅が、恐る恐る目をあける。
煙が立ち消え、徐々に良好になっていく百日紅の視界。
「なーんてね」
彼の正面には、底抜けに明るい見知った笑顔のデイジーが、拳銃を片手にウキウキと腰に手をあてて立っている。彼女の持つ拳銃の銃口からは、様々な国旗が色とりどりに連なり、軽快なメロディーとともに噴出していた。
デイジーのいたずらを理解し、一息ついた百日紅が、すぐさま背後を向き直る。少女たちの姿に視線を移した百日紅は、はっと息を飲んだ。
「ごめんね、ごめんね。守ってあげられないみたい」
黒髪の少女は依然として震えながら、柔らかな野花の咲く湖畔のほとりに蹲る。その少女を守るように、茶髪の少女が両手を広げて立っている。茶髪の少女に扮する海表族の子供は、強く目を瞑って俯き震えながらも、身を挺して黒髪の少女を守っていた。
黒髪の少女が、なおも怯えた様子で顔を上げる。状況を理解しほっとした表情を見せた後、海表族の子供の献身的な姿を目にし、盛大に泣き出ししゃくり上げる。
黒髪の少女の泣き声とともに、まやかしの茶髪の子供の姿が、本来の茶色の体毛の海鳥の姿へと戻っていく。
1人の人間の少女と1匹の海鳥の子供が、抱き着いて泣きじゃくる。
「ずっと家族だって約束したのに。本当にごめんね」
少女が海鳥を抱き寄せながら、涙に言葉を詰まらせる。海鳥は何度も頭を振りながら、少女の背に回す手に力を込めて縋り付く。
放心状態で2人の姿を眺めていた百日紅のもとに、朗らかな雰囲気を纏ったデイジーがやってくる。
「撃つと思った?」
パーティーグッズのようなおもちゃの拳銃を右手で弄びながら、デイジーがおどけて笑う。「不法滞在とはいえ、こんなことで他民族を撃ったら懲戒処分だからね。ただの脅し」
「いや、思ってない」
百日紅はなおも息を荒くしたまま、平然を装い立ち上がる。チノパンの膝についた雑草を手でさっさと払いながら、デイジーに向き直る。
「そうなのー?」
「だってデイジーは左利きだ」
百日紅は強張った表情のまま、デイジーの左の腰のホルダーに入った拳銃に視線を送る。「実弾入りの銃を使うときは、いつも左のホルダーから取り出してる」
「えー? サル、本当にホルダー見てた? びびって目を瞑ってなかった?」デイジーはにやにやしながら、嘘やごまかしを見破るように、大きな瞳で百日紅の表情を観察する。「てか、そんな乏しい根拠で命を投げ出していたら、すぐに無駄死にしちゃうよ」
「次から気を付けるよ」
「それに、利き手じゃなくても発砲くらいできるよ。私が本当に撃ってたら、サルはもう死んでた。命は大事にしないと」
「その心配はないよ」
百日紅が長身のデイジーを少し上目遣いに見つめて、真っすぐに言い切る。
「デイジーは優しい子だから。無防備な民間人相手に発砲するような奴じゃない」
「なにそれ。煽てても何もでないよ」
マイペースで自信に満ちたデイジーが、百日紅の予想外の言葉に顔を背ける。風に揺れる長いポニーテールに隠れ、彼女の表情は見えない。
百日紅は、少女たちの方へ足を進める。抱き合って泣きじゃくる少女たちを怖がらせないよう、精一杯の笑顔を浮かべてゆっくりと近づく。
百日紅が膝をつき、少女たちと目線を合わせた。出来る限り優しい声音を意識し、少年が海表族に向けて口を開く。
「君はおうちに帰りたい?」
人間の少女と海表族の海鳥は警戒感から強く抱き合い、涙の滲んだ目で互いに見つめあう。しばらくして、海表族が決意を固めたように、小さく頷いた。