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第14話 過去のこと_その2

 ”それはつまり、パパやママやクロートを裏切って、ばれないように情報を仕入れてこいってことですか。でも、一体何のために? 彼らはごく普通の、本当に平凡で一般的な地底族です。特別なことは何も知らない”

 日当たりのいい会議室の一室。打合せ机と数脚の椅子だけの、何の特徴もない狭い部屋。

 部屋にいるのは2人。1人は、泣きべそをかいて言葉を詰まらせる、今より幼い百日紅。もう1人は、肩までの長さの青い髪を靡かせる細身で長身の成人男性。百日紅の現在の直属の上司であるリコリスだった。

 切れ長の目に鼻筋の通ったリコリスは、自信と余裕に満ちた表情で、仕立てのいいスーツの上に黄色の外套を誇らしげに羽織る。気難しそうな顔立ちや社会的地位を示す格好とは対照的に、青年は打合せ机の上に不躾に腰かけ、組んだ足をぶらぶらと揺らす。

 20歳過ぎの若さ溢れるリコリスは、対峙する子供の緊張をほぐす様に笑みを浮かべる。彼は気さくで易しい言葉を用いながらも、底の知れない冷たい雰囲気を醸し出す。

 ”心配しなくても、難しい仕事ではないさ。定期的に地底の『ご家族』のもとに帰って、楽しく食事でもして、他愛ない家族団らんの時間を過ごす。その後、得た情報をそのまま僕に伝える”

 ”今晩の夕飯はミドリムシのグラタンでした、とか聞きたいんですか”

 幼さ由来の反骨精神と慣れない環境への自己防衛本能から、百日紅が皮肉めいた冗談を口にする。

 “それも聞きたいことの1つだけれど”と前置きし、微笑むリコリスが本題に入る。

 ”君の『パパ』は採掘場で長年勤勉に働いている。君の『ママ』は、社交的な主婦で地域コミュニティにも積極的に参加している。君の『弟』は非常に学業優秀で、中央組織の要職に就くのが夢なんだってね。絵に描いたように魅力的な、一般的で平凡な家庭だ。誰も、そんなところから情報が漏れるなんて思いもしない”

 世慣れして処世術にも長けているリコリスは、恣意的な人当たりの良さを顔面に張り付けている。押し黙り俯く未熟な百日紅とは対照的に、明るい声音に薄っぺらな笑顔で、つらつらと言葉を続ける。

 ”取るに足らない世間話や井戸端会議の一言が、状況を一変させる転機になり得る。とにかく情報が必要なんだ。仕事も恋も戦争も、すべては情報量で決まるから。だから君は、どんな情報が役に立つか、これは本当に重要なのかなんて考えなくていい。取捨選択は、上司である僕が行う”

 “地表族と地底族は、今ふつうに仲いいじゃないですか。だからそんなこと、する必要なんてないです”

“現在友好的な関係だからといって、未来永劫続くとは限らない。友達だって、恋人だって、国だって、いつかは仲違いして離れる日が来るんだよ”

 “可能性の話なんて、どこまで考えてもキリがないじゃないですか。例えば、明日宇宙人が地球に攻めてくるかもしれない。その対策はできてるんですか?”

 “あはは。面白いことを言うね。じゃあ、腹を割って話そう。僕にはあり余る野心がある。君を使って、自分の評価を上げたいと考えている。そしてこの提案は、君にとっても悪い話ではないはずだ”

 定期的にクロートたち家族のもとへ帰省することができ、地表同盟での地位も安定した収入も保障される。地表に身寄りも知り合いもおらず、判断力が乏しい子供だった百日紅にとって、リコリスの提案はひどく魅力的に思えた。

 ”地底同盟はいいところだ。たくさん給料が貰えて、山ほどマンガもゲームも買える。この外套を着て街へ出れば、期待と尊敬の眼差しを向けられる。もちろん女の子にもモテモテだよ。それから・・・”

 ”その諜報活動を上手にこなせば、さっさと昇進出来ますか?”

 子供が気を引くような話題を楽しげに提示するリコリスの言葉を、百日紅が切羽詰まった声で遮る。百日紅が勢いよく顔を上げると、彼の真っ直ぐな黒髪の向こうで、ピアスとネックレスが一緒に弾んだ。

 少年の振り絞るような声はひどく震え、大きく丸い瞳は零れんばかりの涙で潤んでいる。

 ”なんだ? 子供のくせに、権力志向が強いんだな”

 意外なところに食いついた百日紅に、片方の眉を上げたリコリスが本音を漏らす。

 ”決定権が持てる地位になったら、したいことがあるんです。そのために、早く偉くなりたい”

 ”したいこと?”

 肩を震わせて立ち尽くす百日紅を見下ろしながら、リコリスが興味深げに首を傾げる。

 ”地底に帰りたい。誰にも干渉されずに、家族で静かに暮らしたい”

 不安げに項垂れる百日紅が、心もとなくネックレスを握りしめる。リコリスが少年の真っ直ぐな黒髪を撫で、優しく抱き寄せた。

 ”約束するよ。君がお酒を飲めるようになるまでに、僕がその夢を叶えてあげる”

 未熟な少年を容易に懐柔したリコリスは、冷酷で満足げな笑みを浮かべた。

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