月明かりの照らす長閑な山間部。
夜風に草木が揺れる中に佇む、ウッド調の小奇麗なコテージ。
窓とカーテンを開けた一室は薄暗く、小さなスタンドライトだけが部屋を照らしている。ベッド、クローゼット、ゴミ箱、簡易なデスクとチェア。寝ることだけを目的とした狭い一室。
ピアスやネックレスを外したパジャマ姿の百日紅が、あぐらをかいてベッドの中央に座っている。
百日紅は卓上の目覚まし時計にちらりと目をやる。19時53分。昼間に身に着けていた文字盤のない腕時計を、足元に置いていたボストンバックから取り出す。少年は腕時計をベッドの上に置き、慣れた様子で操作する。
ベッドの上の何もない空間に、体長1mほどの2足歩行のモグラが3匹、立体的に投影される。映像の中の3匹の地底族は、薄暗い部屋の生活感のある布製のソファーに集まり、リラックスした様子で寛いでいた。
真っ黒の体毛に覆われた毛むくじゃらのモグラたちは、大きな丸い目に丸い鼻、ふっくらとした頬、皮膚がむき出しの大きな手のひら、というモグラ固有の様相をしている。どこか愛嬌のある小動物のような彼らは、人間である地表族と同じく一定の知的水準を持ち合わせた知的生命体として、文化と知能を感じさせる恰好をしている。
3匹のモグラのうち、1匹は長袖のセーターとロングスカートの上に、ピンクのエプロンを纏う。他の2体よりもやや低身長でふくよかな身体に、華奢できらりと輝くネックレスを身に着けている。中年女性と思しきモグラは、4匹は座れそうなソファーにゆったりと座っている。
2匹目は、眼鏡をかけた少々草臥れた中肉中背のモグラ。カッターシャツを着た気が弱く優しい中年男性のようなモグラは、エプロン姿のモグラと共にソファーに座り、ティーカップに穏やかに口を付ける。
3匹目は、今風の若者のような恰好で、かったるそうに背伸びをするモグラ。無地のTシャツに細身のジーンズ、光沢のある指輪にピアスの現代的な装飾品を身に着けている。理知的で凛々しい顔立ちのモグラは、他の3匹の座るソファーにゆったりと凭れかかる。
百日紅が映像を繋いだと同時に、3匹が親しげに少年に向けて手を振る。
3匹は百日紅の姿に破顔し、クークーとくぐもった唸り声のような鳴き声を絶え間なく発してはじめた。
警戒すべき他民族である地底族と、映像を通して対面してもなお、百日紅はベッドの上でどっしりと寛いでいる。それどころか、無邪気で照れくさそうな笑顔すら浮かべて、彼らに大きく手を振る。
「もうパジャマじゃん、タルパ。今日仕事休み?」
百日紅の姿を目にした若者のモグラが、クークーと鳴きながら気さくに笑いかける。通常人間には理解できない、喧しく意味をなさない動物の鳴き声を、百日紅は当然のように言語として認識する。
「出張が早く終わったんだ。田舎だから、ちょっと電波が悪いかも」
ピンクのカールのかかった髪を整えながら、百日紅がはにかんだ。パジャマの袖を無意味にいじりつつ、画面の向こうの3匹を見つめる。
百日紅は若者と同じクークーという鳴き声を、喉を震わせて発する。
「夕飯はもう食べたの? パパ、ママ、クロート」
眼鏡をかけた中年男性、エプロン姿の中年女性、そして生意気な若者のモグラに、順番に視線を移す。
「ついさっき食べたところよ」
ママと呼ばれたモグラが、優しい声音で百日紅に返事をする。
「献立は?」百日紅が一層明るい笑みを浮かべ、興味深げに質問をする。
「イナゴの姿焼きとカブトムシの幼虫の煮物、ミミズのスープよ」
「当たりの日だろ?」クロートと呼ばれた若者のモグラが、やんちゃな笑みを浮かべて話に入る。
「ちょっと、外れの夕食があるみたいな言い方しないでよ」
クロートの冗談めいたからかいに、ママが怒ったふりをしてクロートのTシャツ軽く。2人の和やかなやり取りを、パパと呼ばれた眼鏡のモグラが微笑んで見つめる。
ありふれた幸福な日常。普遍的で理想的な家族団欒。