「あー、木蓮先輩? 本当だ、似てる。サル、ああいう清楚で従順そうな子が大好きそう」
デイジーが百日紅の肩をバシバシと叩き、笑いすぎて溢れた涙を長い指で拭う。デイジーは、手首を握る百日紅の手をやんわりとほどく。彼女はショートパンツのポケットから、小ぶりな手鏡を取り出す。煌びやかなデコレーションが施された手鏡に目を落とし、ネイルの映える指で鏡面を上下左右にスワイプする。
「仕方ないなあ。捕獲は明日にしよっか。日の出前に、ここに集合ね」
「早くない? 始業時間よりずいぶん前だよ」
「この花は日の出とともに咲く」
デイジーがサンダルのつま先で、足元の路傍に茂る雑草の小さな蕾をつつく。ビビットカラーのペディキュアが、健康的に筋肉のついた脚に映える。
「彼女たちが付けてた花冠の花だよ。すごく上手な花冠だったから、きっと作り慣れてるね。ふたりはおそらく、明日の早朝も作りにやってくる」
「わざわざそんな朝早く?」
「暇を持て余した子供たちと、大自然の豊かな美しさを享受する人々と、悪人と不法侵入者は朝が早いの。すべてを兼ね揃えた彼女たちが、来ないはずなんてない」
デイジーが偏見と独断に満ちた持論を、尤もらしく滔々と説く。手鏡から顔を上げた彼女は、自信に満ちた笑みを百日紅に向ける。
「って感じのことを、この鏡が言ってる」
デイジーが、デコレーションされた手鏡を百日紅に向ける。
「“Fortune Teller(占い師)”のギフトがあるんだから、それでもっとやばい悪人を見つければいいのに」
Fortune Tellerの血統以外にはただの鏡にしか見えない鏡面には、浮かない顔をした百日紅が映っている。デイジーは鏡面に未来が見えているというが、百日紅には鈍く反射するごく普通の鏡にしか見えなかった。
「簡単に言わないでよー。正確な未来を捕捉するには、運と知能と並外れた根性が必要なんだよ」
「なにそれ、使い勝手悪くない?」
「しょうがないじゃん。ギフトってそういうものだよ」
手鏡をショートパンツに戻したデイジーが、金髪のポニーテールを整えながら口を尖らせる。
百日紅は肩を竦めてバックを拾い上げ、片方をデイジーに渡す。二人は今晩の宿であるコテージへと足を進める。
日没間際の湖畔沿い。爽やかな草花の茂るあぜ道を、少年少女が並んで歩く。
「今晩することないね。久々に一晩耐久チェスでもするー?」機嫌を直したデイジーが、百日紅の横顔に楽しそうに視線を送る。彼女は自身の持つ大きめのバックを指さして笑みを浮かべる。「2週間滞在コースかと思って、遊び道具を一式持ってきたんだ」
「今日はやめとく。予定があるから」
「なになに? 木蓮先輩と電話? ラブラブな若者って羨ましいなあ」
デイジーが雑草に隠れるように咲いていたタンポポに気づき、1本千切る。白い綿毛を百日紅に向けて吹きながら、バディの言動を冷やかす。
「彼女は出張中で忙しいんだ」
ニヤニヤとからかうデイジーの視線に、百日紅が首を振る。顔にかかる綿毛を、鬱陶しそうに片手で払う。
「それは寂しいねえ。じゃあ、まさかの仕事? バディとして手伝ってあげてもいいよ」
「ありがとう。でも大丈夫。ただのプライベートだから」
百日紅が歩きながら首を振る。平然と答える百日紅の言葉に、無邪気に笑っていたデイジーが、合点がいったように一瞬固まる。真顔になれば派手な化粧とくっきりとした目鼻立ちが強調され、彼女自立した芯の強い内面も併せて浮き彫りになる。
デイジーはすぐに含みのある笑みを浮かべ、百日紅の肩を親しげに小突いた。
「そっか。それじゃあ、”プライベート”を楽しんで」