野花の色づくあぜ道の上では、純白のワンピースを着た無垢な2人の人間の少女が、仲睦まじく笑いあいながら歩いる。
「茶髪の女の子は海表族、つまり海鳥。そして黒髪の女の子は・・・」
標的を見つけて喜ぶデイジーとは対照的に、百日紅が反応に困ったように目を逸らす。
「幻覚が使える血統かな。”ヒトやモノとかの対象物の外見を、変化したように錯覚させるギフト”なんかを、持っているみたいだね」
デイジーが満面の笑みを浮かべ、片手に持っていたボストンバックを放り投げた。彼女は座り込んでアキレス腱のストレッチを始める。「使い勝手のいいギフトでいいなあ。私のと大違い」
立ち尽くす百日紅は、言葉を詰まらせ視線を逸らす。
「まさか、私たちが一番に帰還できるなんてね」てきぱきとストレッチを終えて立ち上がったデイジーは、黄色のマントの中に手を入れ、懐から拳銃を一丁取り出した。
「デイジー?」百日紅が性急さを諫めるような視線を彼女に送る。
デイジーは百日紅を気にする様子もなく、ウキウキした様子で腕時計を操作しはじめる。時刻表や地図、帰り道にあるスイーツ店のリストを空中に投影しながら拳銃を片手にスキップする。
「今からあの2人を捕まえる。不法侵入の海表族の子供1匹と、それを匿う地表族の子供1人を、地表同盟の支部か地元警察にさっさと引き渡す。その足で駅に向かう。うん、最終列車にきっと間に合うね」
「だめだ」
百日紅が咄嗟にボストンバックを手放し、速足にデイジーを追いかける。バックが柔らかな湿った土の上にすとんと音もなく落下する。百日紅がデイジーのすらりとした手首を掴む。少女は不思議そうに小首をかしげる。
「なんで? 地表は私たち人間のものでしょ? 勝手に足を踏み入れる不法侵入者は、見つけ次第捕まえなくちゃ。他民族は敵。その敵を匿う女の子も同罪」
「違う、時間の問題だ」無表情の百日紅が、腕時計に目を落とす。
穏やかでサラリとした風の吹く、気候のいい夕暮れ。少年のこめかみにうっすら汗が浮かぶ。デイジーの手首を握る手のひらも、同様にじわりと汗ばむ。
「もうすぐ日没だ。土地勘もなく、野外戦の経験も乏しい僕ら2人が、視界の悪い中で捕獲行動に移るのは、最善策とは言えない」
「えー。あんな子供、危険なことなんて何もないよ」デイジーが不平を口にする。「お勉強だけが得意なサルと違って、私は運動神経抜群だし」
「それにもう、終業時間をとっくに過ぎてる。僕は本来残業をしない主義・・・」
百日紅の平然を装う冗長で逃げ腰の言葉を、デイジーの確信に満ちた力強い声音がかき消す。
「それ、私情挟んでない?」
デイジーの口角が片方だけ上がり、はつらつとした少女に似合わない皮肉で冷めた色が浮かぶ。
百日紅の目がわずかに揺れ、所在なさげに俯く。ピアスを片手でいじりながら、観念したように答える。
「そのとおりだよ」
視線を逸らし、百日紅が悔しそうに言葉を続ける。
「だってあの女の子たちは、僕の婚約者に雰囲気が似てる」
一拍ののち、2人の間に立ち込めていた重苦しい空気が一気に緩和される。予想しなかった回答に、デイジーが腹を抱えて笑い出す。少女が屈みこんだ拍子に、マントのすきまから深い谷間が見える。少年の視線が意図せず釘付けになる。