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第8話 テッセラ大陸の辺境の山奥_3

 野花の色づくあぜ道の上では、純白のワンピースを着た無垢な2人の人間の少女が、仲睦まじく笑いあいながら歩いる。

 「茶髪の女の子は海表族、つまり海鳥。そして黒髪の女の子は・・・」

 標的を見つけて喜ぶデイジーとは対照的に、百日紅が反応に困ったように目を逸らす。

 「幻覚が使える血統かな。”ヒトやモノとかの対象物の外見を、変化したように錯覚させるギフト”なんかを、持っているみたいだね」

 デイジーが満面の笑みを浮かべ、片手に持っていたボストンバックを放り投げた。彼女は座り込んでアキレス腱のストレッチを始める。「使い勝手のいいギフトでいいなあ。私のと大違い」

 立ち尽くす百日紅は、言葉を詰まらせ視線を逸らす。

 「まさか、私たちが一番に帰還できるなんてね」てきぱきとストレッチを終えて立ち上がったデイジーは、黄色のマントの中に手を入れ、懐から拳銃を一丁取り出した。

 「デイジー?」百日紅が性急さを諫めるような視線を彼女に送る。

 デイジーは百日紅を気にする様子もなく、ウキウキした様子で腕時計を操作しはじめる。時刻表や地図、帰り道にあるスイーツ店のリストを空中に投影しながら拳銃を片手にスキップする。

 「今からあの2人を捕まえる。不法侵入の海表族の子供1匹と、それを匿う地表族の子供1人を、地表同盟の支部か地元警察にさっさと引き渡す。その足で駅に向かう。うん、最終列車にきっと間に合うね」

 「だめだ」

 百日紅が咄嗟にボストンバックを手放し、速足にデイジーを追いかける。バックが柔らかな湿った土の上にすとんと音もなく落下する。百日紅がデイジーのすらりとした手首を掴む。少女は不思議そうに小首をかしげる。

 「なんで? 地表は私たち人間のものでしょ? 勝手に足を踏み入れる不法侵入者は、見つけ次第捕まえなくちゃ。他民族は敵。その敵を匿う女の子も同罪」

 「違う、時間の問題だ」無表情の百日紅が、腕時計に目を落とす。

 穏やかでサラリとした風の吹く、気候のいい夕暮れ。少年のこめかみにうっすら汗が浮かぶ。デイジーの手首を握る手のひらも、同様にじわりと汗ばむ。

 「もうすぐ日没だ。土地勘もなく、野外戦の経験も乏しい僕ら2人が、視界の悪い中で捕獲行動に移るのは、最善策とは言えない」

 「えー。あんな子供、危険なことなんて何もないよ」デイジーが不平を口にする。「お勉強だけが得意なサルと違って、私は運動神経抜群だし」

 「それにもう、終業時間をとっくに過ぎてる。僕は本来残業をしない主義・・・」

 百日紅の平然を装う冗長で逃げ腰の言葉を、デイジーの確信に満ちた力強い声音がかき消す。

 「それ、私情挟んでない?」

 デイジーの口角が片方だけ上がり、はつらつとした少女に似合わない皮肉で冷めた色が浮かぶ。

 百日紅の目がわずかに揺れ、所在なさげに俯く。ピアスを片手でいじりながら、観念したように答える。

 「そのとおりだよ」

 視線を逸らし、百日紅が悔しそうに言葉を続ける。

 「だってあの女の子たちは、僕の婚約者に雰囲気が似てる」

 一拍ののち、2人の間に立ち込めていた重苦しい空気が一気に緩和される。予想しなかった回答に、デイジーが腹を抱えて笑い出す。少女が屈みこんだ拍子に、マントのすきまから深い谷間が見える。少年の視線が意図せず釘付けになる。

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