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第6話 テッセラ大陸の辺境の山奥

 「ということで、飛ばされちゃいました! これからよろしく、辺境の地」

 見上げる空に、天空族の浮かべる人工的な四角い雲が首都のラダよりは少なく清々しい。時刻はもうすぐ、夕焼けのオレンジに風景が染まる日暮れ前。

 デイジーの明るい笑い声が、取り立てて特徴のない平穏で長閑な農村にこだまする。

 静かに澄んだ湖畔に沿い、自生する小花に囲まれたあぜ道が続く。黄色の外套を羽織った百日紅とデイジーが、それぞれ荷物のたくさん詰まったボストンバックを抱え、重い足取りで並んで歩く。

 野兎か狸か判別のつかない物体が、湖畔の反対側の雑木林を素早く駆け抜けた。聞き馴染みのない鳥の声が2人の耳にかすかに届く。遠くには年季の入ったコテージが点在する。歩行者のいない道端に名も知らない花が咲き、数匹の雀が等間隔にたむろしている。

 「ペナルティとして、地方のパトロールを2週間は長すぎるよ。リコリスのやつ、恥をかかされたからって根に持ってるな。ほんと大人げない」

 不服そうにピアスを触る百日紅が、大きくため息をつく。彼は文字盤のない腕時計を操作し、世界地図を投影した。北大西洋に浮かぶテッサラ大陸の中央に位置する首都・ラダから、遠くに位置する南部の山間地方が、現在地として表示される。

 「えー? 2週間って原則でしょー? 地表に不法に潜伏してる他民族か、それを匿ってる地表族を捕まえれば、その日のうちに本部に帰れるよ」

  自然豊かなあぜ道を百日紅と並んで歩きながら、いつにも増してテンションの高いデイジーが、弾んだ声音で条件を述べる。カラフルなペディキュアがビーチサンダルからのぞき、デニムのショートパンツから健康的な足がすらりと伸びる。

 「産業も観光資源もない長閑な田舎で、潜伏犯なんて見つかると思う?」長身のデイジーより少々背の低い百日紅が、カールするピンクの髪にしきりに触れ、仏頂面で歩く。

「そういえば私たちだけね。こんな田舎に派遣されたの」デイジーがあっけらかんと笑い、大げさに肩を竦める。「他のみんなは犯罪率の高い都市部だから、3日もあれば帰還するのかなあ」

「他の仕事もあるのに、みんなをペナルティに巻き添えにしちゃって申し訳ないな」

  百日紅がため息をつき、黒のTシャツの上に羽織る光沢のある外套を巻きなおした。派手なピアスやネックレスを整えながら、百日紅が長閑な景色を眺めつつ小さく呟く。

 「気にしなくて大丈夫だって!」デイジーが無邪気に笑う。「本部だと毎日書類仕事ばっかりで、みんな飽き飽きしてたじゃん。いい息抜きになってると思うよ」

 「その意見もあるかもしれない。だけど」

 言いよどむ百日紅の意見を遮るように、デイジーが明るい言葉を投げかける。

 「みんな優しいから、問題ないよ。いい感じのお土産でも買って帰ろう?」

「・・・そうだね。そうしよう。リコリスには無しで」

 湖畔に夕焼けが反射する。

 2人は肩を並べ、清らかな草木の中をしばらく並んで歩く。

 「宿までは、まだ結構あるな」百日紅が歩きながら腕時計を操作し、地図を投影する。彼は片手に持つボストンバックに視線を落とす。

 「手掛かりなんて無いもんねえ」

 「デイジーのギフト、使えばいいじゃん」百日紅がデイジーに視線を送る。

 「ヤダ。面倒くさい。ていうか、隠してるから大きな声で言わないでー」

「誰もいないからいいじゃん」

「虫と小動物はたくさんいるじゃん。虫使いとか動物操縦士に聞かれちゃうかも」

 ふたりはしばし、湖畔をぼんやり眺めてとりとめのない無駄話をしていた。するとデイジーが、湖のほとりに座る一人の少女の後ろ姿に気が付く。

 お手製の花冠を頭に乗せた少女の華奢な身体は、どこか楽しげに揺れている。

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