少年少女はマイクの設定が切り替わったことに気づかず、世間話を続ける。
「リコリスさんみたいな野心家な大人ほど、セイフティで逃げ腰な表現をするなあ。もっと直接的な表現のほうが、私は好みなんだけどな」
駄々をこねるようなデイジーの声が、リコリスの演説を抑え会場に爆音で響く。熱心にリコリスの言葉に耳を傾けていた会場がざわつき始める。各々の遊びや会話に熱中している控室の若者たちは、そのことにまだ気づかない。
眉を寄せたリコリスが、自身が身に着ける腕時計で控室の音声を制御しようと操作する。その瞬間、百日紅の嘲るような大きな声が、追撃のように会場に響いた。
「”若者たちが地表同盟への就職を希望するのは、華やかで高収入で、おだてられて褒められて、モテる仕事だからだ。高尚な目的意識からじゃない”とか表現するの? 地表同盟がバカの集まりだってばれちゃうよ」
反抗期真っ盛りの十代半ばの百日紅が、綺麗ごとを並べる上司の演説を、過剰にあげつらい鼻で笑う。
「あはは。サル、言い過ぎー」調子に乗ったデイジーが、煽るように笑い声をあげた。
「テッサラに住んでいれば、赤ん坊でも知ってる共通認識だよ。公然の秘密だから、みんなわざわざ口にださないだけ」
「まあ、ここ数十年の地表同盟は、保身と平和ボケな雰囲気が漂ってるよね」デイジーは神妙な表情でうなずき、デコレーションされた鏡を触って暇を潰す。
百日紅は会話に興じつつ、私物の古びた布バックを手に取り、画用紙とガラスペンを取り出した。ガラスペンのすり減った筆先にブルーのインクをつけ、抽象画を描きながら吐き捨てる。
「さっさと必須事項を説明すればいいのに。受験者が知りたいのは、受験日程と労働時間と初任給だけ。それだけ開示すれば、こんなイベント3分で終わる」
「3分で終わるなら、それこそオンラインの説明会でいいかも。さっさと帰って、甘いものでも食べたいなあ。リコリスさんのおごりで、勝手に何か買うのもアリ・・・」
百日紅の言葉にあっけらかんと笑っていたデイジーが、ようやく映像の中の異変に気付く。客席の若者は驚きと好奇心に沸き、映像の中の気難しい上司・リコリスが、片手で目を覆い、深いため息をついている。
「あ、やばい。やばい。やばい」
自分たちの失態に気づいたデイジーは青ざめ、百日紅は頭を抱えて突っ伏す。控室にいるその他の若者たちは、非難と失望に満ちた視線を2人に向け、顔をしかめたり、がっくりと肩を落としたりしている。
「ほんとに左遷されるかも」百日紅が乾いた笑いとともに呟く。
「サル、ごめーん。今度いいことしてあげるから、とりあえず許して」
「いいこと?」百日紅がうなだれながら、気を紛らわすように小さな声をひねり出す。
「うん、なんでもしてあげるよ」
デイジーはしくしくと泣き真似をしながら、だらりとソファーに倒れ込んだ。