薄暗い壇上では、強烈なスポットライトが一人の青年に当てられている。堂々とした立ち振る舞いで演説を行う20代後半の青年が、百日紅やデイジーの近くに等身大で投影される。
”入盟希望の皆さんは、すでにご存じだとは思いますが”
立体映像と同じく、音声もデイジーの腕時計から発せられる。聞きなれた青年の冷たい声音に、百日紅がげんなりとした表情を浮かべる。
立体映像の長身で細身のスーツ姿の青年は、百日紅たちと同じく黄色の外套を羽織っている。彼は肩までの長さの青い髪をひとつ結びにし、ハンカチで時折額を拭う。切れ長の目に鼻筋の通った理知的で端正な顔立ちの青年は、縁なしの眼鏡を中指で上げた。
”他民族は敵です。敵は排除し、不安要素は淘汰する必要がある”
立体映像の中できっぱりと言い切る青年の声に、ピアスをいじる百日紅の目が泳ぐ。
”その敵勢力に対抗する組織の創立、それがこの『地表同盟』の成り立ちです。そして、本部は7つ目の大陸であるここテッサラ大陸の首都、ラダにあり・・・”
青年の背後に、グリニッジ子午線を中心とした世界地図が投影される。南極が上、北極が下の上下さかさまの世界地図には、大陸名が大きく記載され、後方の席にも見やすいよう壇上いっぱいに広がる。
世界地図には、『ユーラシア大陸』、『アフリカ大陸』、『北アメリカ大陸』、『南アメリカ大陸』、『オーストラリア大陸』、『南極大陸』の他に、『テッサラ大陸(the Tessera Continent)』と書かれた7つ目の大陸が描かれている。テッサラ大陸は北大西洋(ヨーロッパ、北アメリカ大陸、南アメリカ大陸の間の海洋)の中央に位置し、大きさは南極大陸より小さく、世界最小の大陸。テッセラ大陸の形は凹凸が少ない楕円型で、その中心に『Capital : Lada (首都:ラダ)』と首都が示される。
観客たちは驚きもなく世界地図を眺め、青年の言葉の続きを待つ。
”ご存じの通り、『地表同盟』は5つの省から成り立っています。そのうち4つの省は特定の民族との折衝・交易を担います。資源や食料の購買や越境規制、他民族との交流や条約の締結などを主業務として・・・”
青年が背後の真っ暗な空間に手をかざす。
『地表族保護省/Department of the Surface』
『対地底族省/Department of the Subterranean Affairs』
『対天空族省/Department of the Firmament Affairs』
『対海表族省/Department of the Float Affairs』
『対海底族省/Department of the Cryptid Affairs』
の文字が、組織図とともに浮かび上がる。
そして、”残りのひとつが、地表族保護省。こちらは地表族(=人間)や地表同盟の加盟国(日本、アメリカ、中国など)の安全の確保や統制を行います”という青年の言葉とともに、『地表族保護省/Department of the Surface』の文字が最後に舞台に浮かび上がった。
客席の若者たちは、青年の自信に満ちた立ち振る舞いに息を飲み、舞台上を見つめる。
「リコリスさん、やっぱり口が上手いな。長所とメリットばっかり、でかい声で話してる」
控え室で立体映像を見つめていた百日紅が感心したように、壇上の青年に視線を送る。
「顔もいいよ」手鏡を熱心に見つめながら、デイジーが食い気味に割って入る。「見た目と世渡り上手さだけでスピード出世してるって、リコリスさん本人もよく言ってるじゃん」
「ちょっと」近くのソファーに座っていた三つ編みの少女が、2人の会話に割って入る。「ボスをからかっちゃだめだよ。この小隊のトップなんだから。あとで怒られるよ」
「でもほんとのことだよー?」
「ほんとのことだから、人は怒るんだよ」
三つ編みの少女がむっとした表情で、コーヒーゼリーを食べる。
「あはは。ばれないってー」
デイジーが腹を抱えて笑い、足を組み替える。
デニムのショートパンツからのびる肉感的な太ももや、タンクトップからのぞく胸元の深い谷間に、百日紅の視線が無意識に向かう。百日紅は焦ったようにピンクの髪を触って咳払いし、演説を続けるリコリスの立体映像に視線を逸らす。
”そして私、リコリスは対地底族省に所属しています。先程のやんちゃそうな若者、百日紅も同じ所属で、対地底族省は黄色の外套を着用します。主な任務は、地底族たるモグラの動向の監視をはじめ、好物や地下エネルギーの輸入、それから地表で収穫された野菜や虫の輸出の管理など・・・”
リコリスの予定調和で面白みのない演説が続き、デイジーが飽きたように伸びをする。その拍子に、左手に付けた腕時計がソファーに擦れた。文字盤のない時計が一瞬光り、控室からホールへのマイクがオンに切り替わる。