気分転換に、あおいはシフォンケーキを焼いていた。
「うん、上出来!」
焼きたてのシフォンケーキを冷ましていると、ドアの外から人の声が聞こえてきた。
「あれ? なんだろう、人が集まってるみたいだけど」
あおいは外に出てみた。
すると、二十人くらいの人があおいの家の前に並んでいた。
「なんでしょうか? なにかご用ですか?」
「クレープを売ってるんでしょ? 市場じゃすぐ売り切れて買えないんですもの」
あおいは慌てた。
「あの、ここはお店じゃないんですけど!?」
「でも、この家でクレープを焼いてるって、冒険者の館で話してる奴がいたぞ」
それを聞いて、あおいは苛立った。
「ロイドね、そんなこと言って。私の平穏な生活を脅かすなんて許せない!」
と言っても、もう出来てしまった行列はしかたない。
あおいはクレープを売ることにした。
「それでは、メニューです。お選び下さい。選び終わったら、次の方に回してください」
「やった! クレープが食べられる!!」
並んでいたお客さんが、クレープを楽しそうに選んでいる姿を見て、あおいに笑みが戻った。
「それじゃ、桑の実ジャムとチョコレート2つずつ」
「私は生クリーム3つ」
「はい、どれもひとつ50シルバーです」
あおいはクレープを焼きながら、接客をこなす。
てんてこ舞いだった。
そのとき、聞き慣れた声がした。
「手伝おうか? あおい?」
列の中央くらいから、金髪碧眼の美青年がひょいと出てきた。
「アレックス王子!?」
「王子は辞めてくれ、お忍びで出歩いてるんだ」
アレックスは声を潜めてあおいに言った。
「じゃあ、アレックス様。助けて下さるんですか?」
「ああ、僕で良ければ」
「お願いします!!」
接客はアレックスに任せることにして、あおいはクレープ焼きに専念した。
しばらく経つと、列は途切れ、お客さんは帰っていった。
「ああ、焦った。たすかりました、アレックス様」
「アレックスでいいよ、あおい」
「どうしてここにいらっしゃったんですか?」
あおいは顔を赤くしながら聞いた。
美青年耐性が低いのは、隠しようもなかった。
「また、あのクレープが食べたくてね」
「それなら、一つ焼きましょうか?」
「ありがとう。それなら桑の実のジャムのをお願いするよ」
あおいが台所に移動すると、アレックスがついてきた。
「あと、お礼と言っては何ですが、シフォンケーキを焼いたのでお味見してください」
「ありがとう、シフォンケーキって何ですか?」
「ふわふわのケーキです。ホイップクリームとかジャムとかつけて食べると美味しいですよ」
そう言って、あおいはシフォンケーキ切ってお皿に置いてデコレーションした。
そして、アレックスがそれを食べている間に、クレープを焼いた。
「美味しいね、シフォンケーキ」
「ありがとう。お店に出すのはもう少し考えてからだけどね」
「なんで?」
「一人じゃ手が回らないから」
あおいは慣れた手つきで、焼き上がったクレープに桑の実のジャムとホイップクリームを入れてくるくると巻く。
「はい、アレックス、どうぞ」
「ありがとう」
アレックスはクレープを頬張った。
「町でも噂になっているよ。町外れのクレープ屋が美味しすぎるって」
あおいはそれを聞いてため息をついた。
「困ったわ。私、しずかに生活したいだけなのに」
「それは叶わない夢だろうな」
アレックスは、指に着いたクリームを舐めながら言った。
「君は錬金術師として召喚されているし、ドラゴンを倒した実績もある」
「それは、言われるままに動いただけよ」
「そうか。それなら、錬金術について知っておいた方が良いな。図書館まで案内しよう」
アレックスはクレープを食べ終えて、立ち上がった。
「王子様の言うことには逆らえません」
あおいはアレックスに後についていった。