とある病院の中庭にて、二人の男女がいた。
車いすの女子は腕に注射痕がいくつもあり、皆が見ないようにしている。
唯一、車いすを押している男子だけがにこやかにその子を見て、会話していた。
「そろそろ寒くなってきたから、散歩もできなくなるね」
「じゃあ、もう会えなくなるんですか?」
寂しそうに呟く女子を安心させるように、男子が頭を撫でる。
「んなこたないよ。外に出れなくったってお見舞いには来れるし、何か面白いものでも持ってくるって」
「うわぁ、楽しみ! 早く冬にならないかなぁ」
「え、もしかして散歩……嫌だった……!?」
「ううん! そんなことないですって! 毎日来てくれてすっごく嬉しいもん!」
そんな和気あいあいと話す二人を、遠くから看護師達が見ている。
「カスミちゃん、元気そうね。最初は本当にひどかったのに……」
「そうね。男の人を見ただけで取り乱して……見ているこっちも辛かったわ」
「でも、あの子……神小くんが来てから安定したのよね。学校の先輩なのかしら?」
「OBらしいわよ。でも学校で話したことはなかったみたいなの」
二人が顔を見合わせて沈黙する……そして……。
「じゃあ運命かしら!?」
「いいわよね、そういうのも!」
そんな話をされているとも知らず、神小はカスミの挙動に注意する。
わずかな呼吸の乱れ、顔色の変化も見逃さずに見つめていた。
「あの……あんまり見られると……」
「おぉっと! ごめん、ごめん! 可愛いからつい、ね」
「もぉ~! またそんなこと言って!」
もしもカスミがベッドから起き上がった頃を知っている人が見たならば、彼女が神小の手を叩くその光景を信じられなかっただろう。
あの事件のあと、異性に触れるどころか姿を見るだけで発狂し、実の父親すら拒否するほどであった。
このままでは日常生活すらも困難であると思われたのだが、たまたま病院で出会った神小にだけは拒否反応を示さなかった。
それどころか、まるで世界でたった一人のすがれる異性だと言わんばかりに彼に泣きついた。
それからというもの、神小は献身的に毎日カスミのお見舞いに来るようになった。
これが良い影響に働き、カスミは少なくとも男性を見ても叫ぶこともなくなった。
「そういえばさ、退院したらどこに行きたいか決まった?」
「え~、まだ全然決まってないなぁ。先輩はどこに行きたいんです?」
「そうだなぁ……やっぱ遊園地とか? ほら、日本で一番大きいところとか、こういう時じゃないと行かないだろうし」
「いいですね、先輩と一緒に行きたいです!」
カスミが朗らかな顔を向け、それにつられて神小も笑顔になる。
「うん、行こう。絶対に楽しいから! まわりにもいっぱい人がいて、ワイワイ騒げるよ!」
「平日でも並んでるみたいですもんね! 本当に、いっぱい人が…………男の人、も……っ!」
カスミが急に俯き、息切れを起こす。
すぐさま神小は後ろから優しく抱き着き、対処する。
「ごめんね、カスミちゃん。ほら、スマホ見て? 自然を見て心を落ち着かせてー」
そう言って神小が見せる画面には、≪催眠アプリ≫が表示されていた。
「ほらほら、大丈夫……"ゆっくり落ち着いて"……深呼吸して。ここにはカスミちゃんを傷つける人はいないからねー?」
「はぁ……はぁっ………はああぁ………」
徐々に呼吸を整え、すぐにカスミは元の顔へと戻る。
それを見て、神小は誰にも聞こえないように呟く。
「この数値じゃままだ駄目か……調整しないとな」
そんな神小の雰囲気を気にすることなく、カスミは抱き着いた神小の手に自分の手を重ねる。
「はぁ~……ありがとう。先輩と一緒にいると、本当に落ち着けるから好きだなぁ」
「俺も好きだよ」
「えへへぇ~……先輩ってマンガの鈍感な男の子と違って、何でも言ってくれますよね」
「言わないと、効かないからね」
何でもなさそうに言うその神小の顔とは対照的に、カスミの顔は喜びに満ちていた。
「先輩……これからも、ずっと一緒にいてくれますか?」
「ああ、もちろん。最後までずっと……責任とるよ」