「そ、そうだ! 次はもっと平和なところにいきましょう! ほら、あそことかどうっすか!?」
ゆかりが慌てて手を引いて入った場所は、占いスペースであった。
周囲は女子が多く、注目を集めてしまったせいで神小は若干のアウェー感に戸惑う。
実際はゆかりと繋いだ手のせいなのだが、それを気にする余裕はなかった。
そしてちょうど一つの席が空いたので、さっとそこへと滑り込んだ。
「あ、ゆかりさん! いらっしゃい、占い来てくれたんだ」
「へ? あっ、たまたま近くだったんで、来てみたんすよ!」
どうやら、ゆかりの友人らしく、二人は両手を合わせて喜んでいた。
そのおかげで手は離してしまい、ホッとしたような、残念なような気持ちになっていた。
「ありがと~! まさか男子と一緒に来るなんてね。ちなみに相性占いとかしないよ?」
「どうしてっすか? わりと定番だと思うんすけど」
「あ~……その……悪い結果が出ると、すっごく気まずくなっちゃうから……」
占い師の女子生徒が、気まずそうに目を逸らす。
当たりさわりのない言葉を選べば大丈夫かもしれないが、まだまだ未熟でそこまで気が回らないらしい。
「あっ、そうだ! 占いをする前に注意事項言わないと……"この占いは未来を決定するものではありません。もし的中してもこちらが意図したものではないことをご了承ください"……っと」
「え……なんでわざわざそんなことを言うんすか……?」
「き、気にしない、気にしない! ねっ!?」
外れても文句を言わないならまだしも、当たっても占いは関係ないというのは新しい注意文である。
そして逆にこの注意文が、この占いの的中率を物語っているといっても過言ではなかった。
「それじゃあ、ゆかりさんからね! え~っと、過去と現在と未来の順番に占うのがスジなんだけど……過去が当たりすぎて引かれたことがあるから、過去は言わないでおくね」
まるで自分に言い聞かせるように、ゆかりの手相を見る。
個人情報が漏洩している方がまだ安心できるというレベルまで当ててしまったことがあるせいで、占い師の彼女も慎重になっていた。
「現在……うん、順調だね! 人の縁も多いし、どの道を選んでも良い結果が出るよ!」
「やった~! それで、未来はどんな感じっすか?」
ウキウキと喜んでいるゆかりと違い、占い師の彼女は一気に表情を曇らせてしまう。
「えっと……一番太い縁の道を歩いていたはずなのに、その道が途中でねじ切れちゃってる……? えっ、なにこれ……初めて見るんだけど……」
不安そうな結果に、ゆかりが言葉を失ってしまう。
「あっ、ごめん! その、これはその人の縁が途切れるってだけで、死ぬとかそういう深刻なやつじゃないから! ただ、なんだろこれ……神様ならもっと綺麗に切るはずだし……う~ん……」
一人で唸り悩む占い師の彼女に、ゆかりが尋ねる。
「あの……それって、縁の先にいる人が遠くにいっちゃうとかそういう感じっすか?」
「ううん、ちゃんと道の先にいるよ。だけど、近くに行こうとしても近づけないって感じで……絶対にダメって言えないけど、とっても大変だと思う」
それを聞き、ゆかりは自然と隣にいる神小に視線をうつす。
まるで何も感じていない……というより、ボーっと遠くを見ている顔であった。
「そ、それじゃあ次はそっちの人ね! 名前はなんて言うの?」
それを見て察したのか、占い師の彼女は神小の方へと向き直った。
「神小です」
「神小……? あっ……!」
その名前で過去の事件を察したのか、少しだけ怯んでしまう。
「あの、普通に女子に触られるとかセクハラで訴えられる可能性があるんで、遠くから見るだけでも大丈夫ッスよ」
「クスッ……手相を見るのに、手を見なくてどうするの」
そう言って彼女は覚悟を決めて神小の手を取る。
「う~ん……んん~!? あなた、もしかしてすっごく恨まれてない?」
「あー……わりと心当たり、あるかも……」
それを聞き、ゆかりが心配そうな顔を向ける。
だがその心配はもう遅かった。
先ほどまで神小が見ていた向かい側の校舎に、いつもの男子グループがいたからだ。
気のせいだったかもしれないが、目があったかもしれないと戦線恐々としていた。
「男子……それも複数……怨念みたいな嫉妬……? これは結構大きいわよ……!」
「……ッスね……俺も、ビンビン感じてます……」
向かい側の校舎の窓に、男子の顔が張り付いている。
その形相は、先ほどの"ドッキリ! パニック! キリングルーム!"に匹敵するものだった。
「あ、でも女子からはちょっと見直されてるかも? 普段からもうちょっと意識したほうがいいかもね!」
「意識を向けるのは、むしろ自分の命に対してだと思うんですけど……」
窓に張り付いた形相が増えている。
どう見ても一クラス以上の怪物の顔が、こちらを睨みつけていた。
これが夜であれば、完全にホラー展開である。
「未来については……こんな、人工的に舗装したような道が……!? えっ……なにこれ……おかしい……って、ごめん! こんなこと言っちゃダメだよね!?」
「いやいや、気にしなくていいんで! ほんと、全然大丈夫なんで!」
占い師の彼女は、申し訳なさそうに神小の手を握る。
恐る恐る神小が向かいの校舎の窓を見ると、必死の形相をした男子の数が減っていた。
あれは自然に成仏する悪霊ではない。
つまり…………減った分が、こちらに迫ってきているということの証左であった。
「あー! そろそろ別の場所にいこっかなー! ありがとうございましたー!」
「あっ、ちょっと! 神小くん!?」
そう言って神小は素早く席を立ち、ゆかりと一緒に占いスペースから出ていった。
そのわずか数秒後、悪鬼羅刹と化した男子が乗り込んできた。
神小の命運は、わずかに伸びた。
そうしてしばらく逃げるように学内を歩き回っていた二人だったが、流石に疲れたのか校舎裏に座って休むことにした。
「いや~、疲れたっすね。あんなに連れまわすだなんて、神小くんってば意外と積極的!」
「違う……積極的じゃないんだ……ただ、逃げていただけなんだ……」
ようやく一息つけたことで、ゆかりが恐る恐る尋ねる。
「ところで、野亥ちゃんとはうまくやっていけそうっすか?」
「うまくいくかは分からないけど、なんとか……なれば、いいなぁ……」
正直なところ、神小は自分が何をすればいいのかさっぱり分かっていなかった。
優しくすればいいのか、近づけばいいのか、話せばいいのか……何の指針も持っていなかった。
「そういえば、お互いにウソをつけない催眠をかけたんすよね?」
「そうそう。といっても、もとから嘘とかついてないから意味なさそうだけど」
あの告白のあと、二人はゆかりの立ち合いのもと、お互いに嘘をつかないという催眠をかけた。
ゆかりもその催眠をかけてもらおうかと思ったが、あえてそれはしないでおいた。
「ふっふっふっ……ウソをつきたくなったら、あたしに言うといいっすよ? あたしだけは、神小くんのウソを聞いてあげるっすからね」
ある意味、野亥とは違う特別な関係を構築する為のものであった。
ゆかり自身は嘘をつく気はなかったが、嘘が人の心を癒すところは、友達付き合いから何度も目にしてきた。
だから一時の嘘で神小が楽になるなら、それを受け入れるつもりでにあった。
「それに……もし野亥ちゃんにフられても、まだあたしがいるっすよ? いつ告白してきてもいいっすからね!」
少しふざけた口調だが、勇気を出した本気の言葉だった。
ここで神小から告白されるのはなくとも、意識はしてもらえるだろうと思っていた。
だが―――――。
「え~? その時はもう、ゆかりさんもっと良い彼氏さんと付き合ってるでしょ」
なんでもないかのように、神小はそれを何でもないかのように流してしまった。
もしかしてフられてしまったのかと、ゆかりは動揺する。
震えそうな声と表情をなんとか取り繕い、神小への本心に触れようとする。
「は……ははっ……そんなわけないっすよ。それとも、そう思う理由があるんすか……?」
しかし、帰ってきた答えは彼女の心をさらに追い詰めるようなものであった。
「いやいやー。だって俺、ゆかりさんに好かれるようなことしてないっしょ?」
それは、あまりにも冷たい言葉であった。
無論、神小にはそんなつもりはないのだが……それが余計にその冷たさを際立出せてしまった。
ゆかりは二度も神小に窮地を救ってもらっている。
神小を白馬の王子のように錯覚し、惹かれるだけの理由は十分にあった。
だが神小にとっては違う。
彼にとって彼女は事件の被害者でしかないのだ。
感謝をされる理由はあれど、好意を持たれる理由はないと感じていた。
端的に言ってしまえば……好かれる為の行動を起こしてないならば、好かれるはずがないと思ってしまっているのだ。
無論、ドラマやアニメで窮地を救われたヒロインが主人公に恋をするという理屈は理解できている。
だがそれはあくまで幻想の話であり、現実は違うのだと諦めて切り分けている彼にとっては考えられない理屈なのだ。
ここにきて、ゆかりはようやく思い至る。
自分達が相手をするこの男子が、なんと不器用で難物なのかと。
少し前に占い師の彼女の言葉を思い出す。
道が途中でねじ切れているという話だったが……それは事件や事故が原因ではなく、彼そのものの問題であると理解した。
ここでさっさと諦めてしまえば、ゆかりも苦労しなかっだろう。
だが、それがもう無理なくらいに近づきすぎてしまっていた。
「は~……神小くんってば、悪い人っすねぇ~」
「えぇっ!! なんでぇ!?」
「なんでっすかねぇ~?」
ゆかりは思い切り息を吸い、気持ちを込めて吐き出す。
「いつか、絶対に信じてもらうっすからね。それまで待っててくださいねっ!」
嘘をつきあうはずの関係だった二人は、いつの間にか自分の気持ちを信じさせる関係へと変わる。
決意を胸に秘めた彼女の笑顔は、とても眩しく心強いものであった。