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第34話:リベンジ催眠

 二人の抱擁からしばらくして、突然拍手音が鳴る。


「ほわあぃっ!?」

「っ!?」


 二人の距離が咄嗟に離れる。

 周囲を見渡すも、誰もいなかった。


『ン~、いい芝居だった。学生らしい青さだったぞ』


 音の発生源、それは神小のポケットに入っていたスマホからであった。


「……出ましたね、諸悪の根源」

『オイオイ、言いがかりにもほどがあるだろう。≪催眠アプリ≫はただの道具で、使ったのはこの小僧だぞ?』


 自分のスマホと野亥がバチバチと火花を散らしているという奇妙な構図に、神小はどうすることもできなかった。


「私に"好き"になるよう命令したのはあなたですよね。ご自身の都合の悪いことだけ忘れるような頭でしたか?」

『オォ、あまりにもどうでもいいことだから忘れていた。謝ってほしいのか? お前を催眠さえしなければ、こんなことにはならなかったと。アレは間違いだったと言ってほしいのかァ?』


 野亥にとって≪催眠アプリ≫はこの事態の元凶といっても過言ではない。

 だからといって、その結果の全てを否定することは今の神小との関係も否定することになる。

 それだけではなく、過去の事件や父親の件も否定することになるだろう。


「神小くん。こんなモノ、さっさと捨ててください。ロクなことにならないことはあなたが一番分かってると思いますが」

『いいや、無駄だね。このスマホを捨てたところで、新しいスマホにダウンロードするまでよ。それこそ、文明的生活を捨てるしか選択肢はなァい!』


 それでもと、野亥が神小をにらみつけるも必死に首を横に振られた。

 学生……というより日常生活においてスマホを手放すことは死活問題だった。


「なら神小くん、約束してください。二度と≪催眠アプリ≫を使わないと。でないと―――」

「イエッサー! 使いません!」


 "サー"ではなく"マム"なのだが、それはさておき……神小は勢いよく返事をした。

 それをあざ笑うかのように、開発者が語る。


『フッハッハ! 無駄だ、女。選択肢があるならば、その小僧はいざという時に使うぞ?』

「何を根拠に……」

『根拠ならば、お前の方が心当たりがあるのではないか?』


 反論しようとした野亥が躊躇する。

 開発者の言う通り、神小ならばそうするだろうという確信めいたものがあったからだ。


 神小は何もない時ならば陽気でありながらも臆病で小者のような男子だ。

 だが非常時、もしくは自分以外の誰かが脅かされた場合は我が身を顧みず介入するようになる。

 それこそ命を懸けて……命を奪うことにも躊躇しなくなる。


 "人を殺せる"と言うだけの者ならばいくらでもいるが、実際にその一歩手前までやり、何の葛藤もなく明日を迎えられるヒトなのだから。


 だから、ここでどんな口約束をしたところで、条件をつけたところで、それは何の拘束にもならない。

 それこそ≪催眠アプリ≫を使わなければ止まらないだろう。


 ならばどうするか?


「……神小くん、≪催眠アプリ≫を使ってください」

「えぇっ!? な、なんで!?」

「内容は"私と二人だけの時は嘘をつかないこと"。そして、それを私にもかけてください」


 ≪催眠アプリ≫で"≪催眠アプリ≫を使わない"という命令も考えた。

 だがそれは気に入らないものを、気に入らない≪催眠アプリ≫を使って規制するようなもの。

 あまりにも都合が良すぎる、ヒトとして卑劣な方法であった。


 使わせないことが無理なのであれば、せめて独りにはしないように、せめて二人で……。

 だから野亥は神小だけではなく、自分にもかけることをした。

 少なくともこれで一方的な関係ではなく、対等な二人になるのだから。

 これは神小を絶対に独りにしないという、野亥の覚悟でもあった。


『嘘をつかないだけでいいのか? 隠し事をしないも入れた方がいいんじゃないかァ?』

「曖昧な定義を入れる必要はありません」

『正解だ。個々によって定義がブレるものを条件にすると、対等でも平等でもなくな可能性がある。小僧よりも、お前の方が使いこなせそうだな?』

「……勝手に言っててください」


 不満を口にしつつ、野亥が神小の手をとりスマホを自分に向けさせようとする。

 だが、神小がそれに抵抗していた。


「くっ……何をしてるんですか……? さっさとアプリを使ってください……っ!」

「いや、使えないよ! だって野亥さん、まだ≪催眠アプリ≫が怖いでしょ!?」


 神小の指摘は正しかった。

 自分の心と日常がこれ一つでメチャクチャにされたのだ。

 その証拠に、神小を掴む手がわずかに震えている。

 ……多少、必死に力を入れているからという理由もあるが。


「いいから……使ってください……!」

「やだやだ、やだぃ! 女の子に無理やりなんて嫌だぃ!」


 野亥にとって≪催眠アプリ≫が心的負担であるように、神小にとっても最初の出来事……嫌がる人に≪催眠アプリ≫を使うのは躊躇する行為であった。

 それこそ、人殺しと呼ばれることよりも。 


「このっ……! いい加減、観念して……!」

「野亥さん! もっと自分を大事にして! お父さん泣いちゃうよ!?」

「ッ!? あなたが……あなたがそれを言いますかッ!!」


 本人たちはいたって本気なのだが、傍から見れば痴話喧嘩である。


 そんなことをして時間を潰していたせいか、屋上の扉が開かれる。

 二人を心配していた、ゆかりであった。


 ただ……あまりにもタイミングと画角が悪かった。

 そこから見えたのは、まるで胸を揉もうとする……あるいは揉ませようとする二人の姿だったのだから。


 あまりの絵面に放心したものの、ゆかりが慌てて叫んだ。


「い……いきなり野外はマズイっすよ!!」

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