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第30話:カンフル剤

 それからというもの、約束を守る為に神小は言われたとおり文化祭の準備に専念していた。


「先生、前に動物とのふれあいイベントしてた人と連絡つきました。予算とか見てください」

「お? おぉ、もうか」

「あと教室内でやるのは難しいみたいなんで、ここは休憩室はどうっスかね。ついでに動物愛護センターの頒布物とか展示物を飾れば一石二鳥かなって」

「あ~、そうだな。そういう建前……じゃないが、看板を出しとくのは悪くない。というかお前ばっかやってるけど他の奴らは何してんだ?」

「頒布物とか展示物の準備に、注意事項を知らせる看板とか紙を用意してもらってます」


 そう言って、教室の後ろの方にいるクラスメイト達を指さす。


「おーい、コモノー! 動物の絵は擬人化させていいよなー!?」「ケモ7割、ヒト5割でいけ」「おいケモがはみ出てんぞ!?」「癖は盛れ、ドンドン盛れ」


 若干、不安そうな顔をする教師と神小だったが、ノリノリで手伝っている男子に冷や水をかけるのも躊躇うので、放置することにした。


 そして息をつく暇もなく、今度は女子達が話しかけてくる。


「交代リスト作ってみたけど、こんな感じでどう?」

「んんー、ちょっと人数少ないかな。あと男子をもっと多めに入れてほしいかも」

「え~……でもそれだとさぁ……」


 女子が教室の後ろで騒いでいる男子達をチラリと見る。

 部活での出し物もある以上、クラスの出し物の戦力になるのは帰宅部の男子が多いからだ。


「いや、うん、分かるよ、俺も不安だよ。でもいざって時に男の力は必要になるし」

「学校だよ? そんな変な人こないと思うけど」

「他にも小さな子供が動物に変なことして怪我したり、逆に怪我させちゃうかもしれないじゃん? 命を扱うんだから、"大丈夫だろう"で対応したくないなって」


 女子達が目を丸くして見つめてくるので、神小が首をかしげる。


「あれ? もしかして気にしすぎだったりする?」

「どうだろ……でも、悪いことじゃないし良いんじゃない? じゃあもう一度ローテ組みなおしておくね」

「うっす、おなしゃす!」


 一息つくと、何か言いたげな教師の顔が目についた。


「……なんスか、その顔」

「いやぁ、意外だなって顔だよ。お前、こういうの向いてるんじゃないか?」

「別に向いてないっスよ。真面目に取り組んでるだけっス」


 今は野亥に対して何のアクションも取れない。

 そんな状態で何もしていないと、余計なことを、悪いことばかり考えてしまう。

 だからこれは、現実逃避ともいえる。

 他のことを考える余裕がないくらいに没頭すれば、おかしなことを考えないから。


「ところで……橋渡が毎日、野亥の家に行ってるみたいだがなんでか知ってるか?」

「あー……何もしないで学園祭を迎えると楽してるって思われるかもしれないじゃないですか。だから、ゆかりさんにお願いしてて、出来そうだったらちょっとした作業してもらおうかなって」

「そかそか。変なことしてないならいい。する時は事前に言えよ」

「わざわざ言う人いませんよね!?」


 そんな流れで神小と教師が話している遠くで、女子達が噂話をする。


「ねぇねぇ、野亥さんずっと休んでるよね。コロナとか?」

「それが……どうも神小くんが関わってるみたいなの」

「「「えぇっ!?」」」


 大声を上げる女子の口を、咄嗟に塞ぐ。


「ちょっと、声が大きいって!」

「まってまって、どういうことなの……!?」

「ほら、前に野亥さんが体調不良で保健室に運ばれてったじゃん? あの時に何かったっぽいよ」

「何かってなによ?」

「さぁ……大声が聞こえたと思ったら、走って帰っちゃったみたいだし」


 しばしの沈黙、そして……。


「え、もしかして神小ヤっちゃった!?」

「え~? ナイナイ、階段で女子が前歩いてても上向かないくらい度胸ないもん」

「でも最近は変わった感じしない? 積極的っていうか、まともっぽいって言うか」

「それを言うなら野亥さんもじゃない? なんか神小とよく絡んでたし」


 再び女子達は沈黙し、考え込む。


「野亥さんと神小が急接近して、保健室で……! だけどヘタレちゃったから、野亥さんが愛想つかせて逃げちゃったとか」

「でもさ、保健室ってゆかりちゃんも一緒に行ってなかった?」

「じゃあ違うかぁ~……待って、もしかしたら三角関係!? だって神小が不良から助けてたじゃん!」

「ありそう! 神小が野亥さんにアタックしてて、その神小にゆかりちゃんがアタック! そして保健室で修羅場!」

「う~わ~! 昼ドラじゃん昼ドラ!」

「でも、相手は神小だよ?」


 それを聞き、全員が一斉に悩みだした。


「なんだろう……あんまりパっとしないよね……」

「テストで良い点とってたし、喧嘩も強いんだろうけど……ちょっとねぇ」


 確かに神小はクラスメイトにも認められ始めていた。

 だが、それで過去が清算されるわけではない。

 男子達と馬鹿をしていた時のツケをここに来て払うハメになっていた。


「ちょっとアレだけど、好きな人は輝いて見えるって言うし応援してあげようよ」

「応援って、どっちの?」


 この場合、神小がアタックしている野亥か、それとも神小にアタックしているゆかりかということになる。

 この当たらずとも遠からずという予見は流石と言うべきか。


「…………とにかく応援してあげようよ!」

「そうよね! 仲間外れとかよくないもんね!」

「うんうん! 明日とか家に行って励ましてこようよ!」


 当事者たちからすれば、まったく無関係だった観客が面白半分で乱入してくるようなものなので、笑えない状況である。


 そしてこれを聞いていたのは、女子達だけではなかった……。

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