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第27話:痛みの先にあるもの

「合法健全マッサージ教室がいいと思います!」「良心的って言葉いれた方がいいんじゃね?」

「合法とか良心って言葉をつければ社会的に許されると思うなよ、お前ら」


 ホームルームで学園祭の出し物について話し合っているのだが、話は踊れどされど進まずといった状況であった。


「去年の卒業生が全クラスいかがわしいのにしたせいで、未成年専用歓楽街って呼ばれて大変なことになったからな。絶対やるなよ」

「おれ、それ聞いたからこの学校に入学したのに!」


 一部の男子から不平不満が出るが、女子が無視して話を進める。


「別に目立たないといけないって理由はないんだし、普通でいいじゃないの」

「タピオカとか焼きそばとか?」

「そうそう。他のクラスと被ると悲惨だから、早めに決めて申請しないと」


 ここで男子が間に入ってきた。


「つまり……猫耳タピオカ屋、コスプレ焼きそば店……!?」

「男子、そろそろ投票権だけじゃなくて発言権も取り上げわよ」

「オレのターン、ドロー! 人権を発動! 政治に関わる自由を要求する!」

「学園祭に政治要素を混ぜないで!」


 男子が騒ぎ、女子もそれにあてられてヒートアップする。

 ある意味、いつも通りの学校風景であった。


 神小も男子側に混ざりたい気持ちはあるが、勉強会から女子が神小のことを見直してきている。

 せっかく上げた株を、一瞬でストップ安にさせるのは嫌だった。


「ペット喫茶とか? ほら、猫カフェとかあんな感じで。これなら」


 ふと口に出した単語なのだが、教師がそれを拾った。


「衛生上の問題があるから難しい気がするな。だが、飲食と絡めなければイケると思うぞ」

「じゃあ普通に合法動物マッサージ店とか!」

「なんでお前らは合法とかおさわりとかいう単語を使いたがるんだ。動物ふれあいスペースでいいだろう」


 これに食いついた女子は、流れを掴み一気に決めにかかる。


「じゃあ一旦それで決を取りましょう! 動物ふれあいスペースでいいと思う人!」


 動物が嫌いな学生というのはそう多くない。

 問題児の男子はともかく、大多数のクラスメイトが挙手したことで学園祭の出し物が決定し、拍手が起こった。


「神小くん、ナイス!」「良い案だったよ」


 小声で褒めてくれた女子達に、小さく笑って応える。

 これで彼の株はさらに上がったことだろう。


「ドドグバゴダ バアルバアバアル……」「デボグ ドドグ ゴラマググゴラゴ……!」


 ただし、問題児たちからのヘイトはストップ高に到達。

 何かを得るには何かを失わなければならないというが、それが命になるかもしれなかった。


 誰かに助けを求めようと周囲を見渡すと、野亥の顔が目についた。

 以前はよく見ていた不機嫌そうな顔なのだが、何度も話し合っていたこともあり、違和感があった。


「よーし、ホームルーム終わり。詳しい準備とかはまた今度だ。さっさと帰れよー」


 クラスメイトがまばらに帰る中、神小は野亥の席へと近寄った。


「野亥さん、大丈夫? なんかすげー体調悪そうに見えるんだけど」

「………大丈夫だから、構わないで」


 そう言って野亥はぶっきらぼうに追い払うように顔を背けるが、ゆかりがその顔を覗き込んだ。


「あ~……神小くんの予想通りっすね。野亥ちゃん、こういうのよく我慢しちゃう子なんで」

「あぁ、もう……ちょっと頭痛がひどいだけだから……放っておいて……」


 言葉とは裏腹に、彼女の声に力はなかった。


「そんなこと言って、交通事故とかにあったらどうするんすか? ほら、保健室で休ませてもらうっすよ」


 ゆかりが肩を貸し、野亥を立ち上がらせる。

 逆らう元気もないのか、野亥はその身体をゆかりに預けていた。


「……あの、神小くんも手伝ってくれると嬉しいんすけど」

「ほわぁっぃ!? 手伝うって……俺が!?」


 ゆかりが空いた手で野亥のもう片方の肩を支えてほしいと頼む。

 いつもならセクハラになるかもと怯えてしまうところだが、野亥のツラそうな顔を見て、野亥の身体を支えつつ皆の荷物も抱えた。


 保健室に到着するも無人であった。

 一先ず野亥をベッドで休ませて周囲を見渡してみる。

 机の上には書置きで、他の生徒を病院に連れていく旨が書かれていた。


 勝手に薬を処方するわけにもいかず、ゆかりと神小は考え込む。

 ふと、≪催眠アプリ≫のことが頭によぎった。


 こんなことに使っていいのかと迷う神小。

 痛みなどを取り除けば、病気だった場合に却って悪化させてしまう可能性がある。

 何もしないという手もあるのだが……いつも表情を出さない彼女が、ツラそうな顔をしている。

 これを放置するならば……これから先、目の前で誰かが苦しんでいても何もしない人間になるだろう。


 神小は覚悟を決めて、≪催眠アプリ≫の画面を野亥に向けた。


「30分だけ寝てて」

「……ぁ……………すぅ……」


 先ほどまでとは違い、野亥は安らかな顔で眠りについた。


「ふぅ、成功してよかった」

「あの……神小くん……今の、何っすか? いきなり眠ったように見えたんすけど……」


 しばしの沈黙、そして―――――。


「≪催眠アプリ≫通常モード・起動ぉ!!」

「ひゃああぁっ!?」


 以前やったことの焼き直しである。

 いつもの面子だったからこそ、≪催眠アプリ≫を使ってしまった油断であった。


「もぉ~、うっかりしすぎっすよ? というか、このあとどうするんすか」

「≪催眠アプリ≫見ちゃった場面だけなんとか誤魔化す催眠……かなぁ?」


 自信なさげに呟く神小だったが、予想外の声がスマホから聞こえてきた。


『おい小僧、大事な話がある。そこの女のことでだ』

「びっくりしたぁ! 大事な話って、ここじゃないと駄目なんスか?」


 一応、保健室にカギをかけてカーテンも閉める。

 密室になったことを確認し、改めて開発者から話を聞くことにした。


『≪催眠アプリ≫は完璧だ。しかし、それは開発時の話であって、アップデートを繰り返すことで利便性は向上した代わりに、バグが発生する場合がある』

「バグ!? それ大丈夫なやつなの!? スマホ爆発したり催眠失敗したりするの!?」

『そんなバグ、起こすわけなかろう。こちらでもチェックしているから安心しろ』


 ひとまず胸をなでおろす神小だが、少し考え込んでいたゆかりが口をはさんだ。


「さっき野亥ちゃんについて大事な話があるって言ってたっすけど、もしかして野亥ちゃんの頭痛がヒドかったことに関係あるんすか?」

『そうだな。≪催眠アプリ≫に入れたパッチ……というよりも、催眠にかかった状態で他の催眠をかけられた際に発生するコンクリフトの問題だ』


 それを聞き、神小がスマホを大げさに振る。


「待って待ってちょっと待って! 俺以外の人が≪催眠アプリ≫で野亥さんを催眠しようとしたの!? 寝取られたの!?」

『パッチで防衛反応を取るようにしたから女は何もされておらん。そして今≪催眠アプリ≫を持ってるのはお前だけだ、安心しろ』


 自分の知らないところでビデオ撮影され、ある日いきなりそれが届けられるような事態にはならなそうで、神小はほっと胸をなでおろした。


「で、それって結局治せるんスか? というか治せないと困るんですけど!」

『ああ、簡単に治せる。再起動させて新たなパッチを入れるだけでいいからな』

「なーんだ、心配して損した。それくらいなら3分で終わるじゃん。で、もうスマホ再起動していい感じ?」


 だが、開発者は答えなかった。


「あの……? 再起動してパッチ当てるだけなんスよね? 他に何か問題が?」

『再起動というのはスマホではない、≪催眠アプリ≫のことだ』

「あぁ、一度タスクごと終了させないといけないってことっスか? それくらいなら別に――――」

『再起動というのは≪催眠アプリ≫の効果をさしている。つまり―――――今までの催眠すべてが、解けるということだ』

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