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第26話:努力と答案用紙

 さて、神小がようやく受け入れられてからは話が早かった。


 ゆかり以外の女子生徒も他の友達を呼び、放課後の勉強会に参加するようになったのだ。

 もちろん、最初はどの女子も内心は怯えていた。


 しかし神小が真面目に勉強に取り組む姿を見て……そして、自分よりも怯えている小動物のような姿を晒されたことで、皆すぐにその警戒心がほぐれていった。

 馬鹿なことをよくするが、性根の真面目さが良い方向に作用した結果である。


 そんな和気あいあいとした雰囲気の中、担任の教師がやってきた。


「神小、屋上」

「普通そこは職員室じゃないっスか!?」

「屋上からでも行けるだろ?」

「職員室1F……え? 飛び降りろ……って、コト!?」


 男女比率、驚異の1対10。

 あの教師がそれを見逃すはずがなかった。


「じゃあアレだ。制服持ってくるから女装な」

「先生!? 女子だけじゃなくて男の娘もイケんの!?」

「馬鹿野郎! そんな造花で満足できるか! 天然モノが好きなんだ!」

「男の娘のこと造花って言うの、初めて聞いたよ!」


 これにより女子の神小への警戒心が、教師への不信感で完全に上書きされた。

 ある意味、素晴らしく最低なアシストであった。


「まぁ冗談はさておきだな」

「絶対ウソだ……半分くらい本気だったぞ……」

「女子の花園の中、男子1人で勉強ってのも肩身が狭いだろ?」

「いや……勉強でそれどころじゃないんで……」

「よぉし、分かりやすく言ってやる。男子の嫉妬がヤバイ。具体的にはそろそろ太陽フレアになる」


 なお太陽の表面温度はおおよそ6000度で、太陽フレアは1000万度を超える。

 どれだけ危険なのかを、端的かつしっかりと表した比喩であった。


「いやいや、流石に大げさな」


 そうは言いながらも嫌な予感をヒシヒシと感じた神小が、男子の一人にチャットを送る。


[ちょっと今いいか?]

[ゲバグボ ボボガボ アバダ アバダ アバダアバダアバダアバダ]


 大きく深呼吸してスマホを消す。

 何を言っているかは分からないが、殺意だけは文字から嫌というほど伝わってきた。

 なんなら文字そのものが呪いで、画面越しに神小へ呪詛を送っているのではないかと思うほどだった。


「先生、人としての言葉を失ってました」

「次は人としての良心を失うだろうから、早めにフォローしてやれ」


 一刻も早く人間に戻してやらなければならない。

 自らの生み出した怪物たちを何とかする為、勉強会に誘うメッセージを送る。

 流石にこの状況ともなれば、野亥やゆかりも反対する気はなかった。


 そしてわずか数分で人の皮を被った怪物たちが教室に滑り込んできた。


「バルゾ! バルゾイヴァ!」「グノクルババノバサビオ!」「ゲゴ! ギゴゴゴガバゴバ!」

「先生、手遅れだったみたいです」


 かつてのクラスメイトの中身が、もう完全に怪物と化している現実に神小が嘆く。


「ちなみにお前ら、もう学校閉めるから帰る支度しろよ」


 教師が振り下ろす無慈悲な斧による断頭により、怪物たちは足元から崩れ落ちていった。


「というかお前ら、馬鹿のまま参加しても馬鹿にされるだけだぞ。今から帰って予習しとけば、ちょっとは見直されるかもしれんが」


「バビブ! ベベバブ!」「ドゥルバブ! ブルバブ!」「バドブバベベボバ!」


 死んだはずの怪物たちは地獄の門から首をお手玉しながら戻り、どこかへと走り去っていった。


「ちょろいぞ、あいつら。逆に心配になってきたな」


 流石は問題児たちをさばき続けてきた教師である。

 個人的な癖さえ除けば、とても頼りになる偉大な人物であった。


 そうして、クラスの半数以上が放課後の勉強会に参加することになった。

 最初の静かな勉強会が多少やかましくなってしまったが、神小が怖れられていたことが嘘のような雰囲気に満ちていた。


 とても学生らしい毎日であり、青春を感じられる日常。

 この時、神小はようやく戻ってこれらたことを実感したのであった。


 そしてその実感は、数日後に消え去ったのであった。


「よーし、それじゃあ答案用紙を返すぞー」


 元の日常に戻ることができた、勉強もしてきた、とても頑張った。

 だが、努力が必ずしも結果に反映されるかは別なのだ。


「おーい、神小。さっさと取りに来ないと82点って発表するぞー」

「もう発表してるぅー!?……って、82ってまじっスか!?」

「おう、そうだよ。今までで最高点だ、良かったな」


 教師から答案用紙を受け取ると、確かに今まで取ったことのないような点数だった。

 努力が報われることの、なんと気持ちのいいことか。

 大声で喜びたい気持ちを抑えつつ、自分の席へと戻ると、かつて化物だった男子達が拍手で迎えた。


「おめでとう、おめでとう」「本当によく頑張ったな」「お前の努力をずっと見てたゾ」「もう楽になれ」

「ありがとう……ありがとう……! それで、お前らの点数はどうだった?」


 慈愛に満ちた笑顔で、彼らが答案用紙を差し出す。


「ちょいミスって88点」「90点!」「誤字ったせいで86点」「なんか95だったわ」

「なんでお前ら俺より良い点とってんだよ! 」


 まだ中身が宇宙人だと言われた方が納得できる結果である。

 それほどまでに、本気を出した男子の底力は恐ろしかった。


「ま、これがおれの本気ってやつ?」「やろうと思えばやれんのよ」「ねぇどんな気持ち? 負けてどんな気持ち?」「マウント気持ちイイイィ!!」

「納得いかねええええぇぇ!!」


 なお、この歪んだ成功体験のせいで"勉強さえすれば点を取れる"と思い込み、彼らは痛い目を見ることになるのだが、それは割愛する。


「お前らー、テスト終わってはしゃぐのもいいけどすぐに学園祭だからな。今のうちに出し物とか考えとけよ」


 そう、陰鬱なテストというイベントが終わった後は、学生生活における重要イベント≪学園祭≫が待っていた。

 クラスメイトの皆もそれを楽しみにしていたようで、色めきだっていた。


 そんな喜ばしい空気の中、野亥だけが頭痛で顔をしかめていた。

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