神小の入院中の出来事……。
「そういえば事件の時ライブ配信されてたけど、やっぱ俺有名人になってる?」
『残念ながら配信アカウントはBANされている。アーカイブも削除されている』
「えー……でも、誰かが保存とかしてるっしょ? もう特定されてない?」
『いいや、不可能だ。少なくとも、警察がわざと公表しない限りはな』
疑問符を浮かべる神小に、開発者はスマホの画面を遷移させて見せた。
「な……なにこれぇ!?」
動画配信サイトのトップには、あの事件の時の映像がいくつも並んでいた。
だが違うのは、犯人の男や映像がネコだったりゲームのキャラだったり……全て別物に置き換えられていた。
『いわゆるミーム汚染というものだ。流行しているモノに便乗して加工された動画が大量に投下され、オリジナルが無数のゴミの中に埋もれているわけだなァ』
「え……えぇー……」
『他にも生成AIを利用して見るに値しないようなショートも大量に作成し、アップしてある。あとは勝手に馬鹿共が流行に乗せられ、いずれ忘れ去られるだろう』
神小はげんなりした顔をしているが、まだ納得がいっていないようだった。
「いやでもさ、テレビとか新聞とかの人が突撃してくる可能性も……」
『馬鹿共が流行に乗せられていると言っただろう。あの事件を解決したと名乗る馬鹿が既に何十人もいる。テレビも諦め、適当な奴にインタビューして終わらせたわ』
自称・本物・真・元祖などなど……大量のフェイク情報が拡散しているせいで、どれが本物か分からない状態である。
この状況で神小こそが本物だと言ったところで、他の情報に埋もれる。
さらに神小へ辿り着いたとしても既に膨大な時間が消費されており、そこから真偽調査をすれば更に時間がかかる。
真実のジャーナリズムでは腹は膨れない。
時間というコストも無駄にはできない現代において、そこまでする物好きはいなかった。
なお、その膨大な数のフェイク情報の何割かは開発者が意図的に流したものだが、それを言う必要はない為、黙っていた。
「なんか、すんげー複雑……」
『あぁ、学校の奴らは察しているだろう。そこはお前が適当にやれ』
「また前みたいに押しかけてくんのかなー……まぁいいけどさぁ」
疲れはするが、それだけである。
神小は諦めたように、肩を落とした。
そんなことを話していると、病室がノックされた。
また警察か担当医かと思い招き入れると、担任の教師であった。
「思ったより元気そうだな。ほら、お見舞い持ってきたぞ」
そう言って取り出されたものは千羽鶴……ただし、3Dプリンタで作られたミニチュアだが。
「なぁにこれぇ……」
「お見舞いの定番といったら千羽鶴だろ? だからクラスの皆で作ろうと思ったんだが、先生めんどくさくてな。家で作ってきた」
「先生! 俺のこと嫌いだったりする!?」
期待していたわけもなければ、貰ってもそこまで嬉しくない千羽鶴。
それでも気持ちくらいは込められるのだが……それすらもコストカットされたら、ただの邪魔な置物にしかならない。
「嫌いじゃないぞ。名指しで絶対にやるなよって何度も念押ししたのに、暴走した生徒でもな」
「あー…………そのぉ……あ、あれは身体が勝手にぃ……」
「馬鹿たれが。おかげで職員会議やら親御さんとの話し合いやらで休日出勤だ」
ぶつくさと言ってはいるものの、嫌そうな顔はしていなかった。
「で、入院中に授業に遅れないように友達に範囲を聞け……と言っても聞かんだろ? だから先に中間までの範囲を教えておいてやる。事件に首突っ込むよりかは、テストで良い点とった方がモテるぞ~?」
「あざぁーっす! 一夜漬けの練習しときます!」
「お前はそういう奴だよ。あとでしっかり後悔しとけよ」
そんなことがありながらも数週間後、ようやく神小は退院した。
負傷具合から考えればあまりにも早すぎる退院だったが、流石は催眠アプリというべきか、腕はほぼ全治しておりリハビリもそこまで必要にならなかった。
なお、この結果を見た担当医は自分の正気を疑い、しばらく休養することになったという。
なんにせよ、神小は久々に学校へと登校することになったのだが…………。
「ねぇ……なんか俺、避けられてない?」
登校してからというもの、ほとんど誰からも喋りかけてこない。
前回、ゆかりを助けた際は嫌というほど来たというのに誰も来ない。
それどころか登校中、自分の周囲だけ静まり返っていた。
「そりゃ怖がられてっし」「ライブで残虐処刑ショーはライン超えよ」「殴打ASMRとか誰得」「音だけってのがな、余計に悪い想像をかきたてんのよ」
「ほわあぁ!? 俺そんなことになってんの!?」
正直、ナメていたところはある。
前回は一発だけとはいえ、人を殴っていたのに皆が好奇心に駆られて寄ってきた。
だから今回も多少はヒかれるだろうが、少しくらいは人が寄ってくると予想していた。
だが実際は腫物……いや、檻から逃げた人食いモンスターのような扱いだった。
「つうか、ちょっと黙ってみ?」
クラスの男子に言われた通り、神小達が黙ってみる。
クラスメイトが恐る恐る彼らを覗き見、すぐさま視線を外してしまった。
モテない男子連盟は付き合いが長い。
だからあのような事件があったとしても、それだけが神小という人間ではないと知っている。
つまり一つの出来事でその人物の全てだと判断しないわけである。
だがよく知らない者達にとってはそうではない。
よく知らないからこそ、強烈なインパクト一つあれば、それがその人物であると印象が埋め込まれてしまうのだ。
「じゃあなんスか。俺の学校生活、このままずっとるってことっスか」
「どちらかというと、はい」「諦メロン」「どうせモテないし、変わらんだろ」「誤差だよ誤差」
男子達はお手上げ……ではなく、優しく慰めるも、それは神小の傷口に粗塩を塗り込むようなものであった。
「いやだああああぁぁ!!」
それは神小にとって、人殺しと後ろ指をさされるよりも、耐えられないことであった。
だが神小は諦めが悪かった。
そして彼の手には≪催眠アプリ≫がある。
ならば、取るべき手段は一つしかなかった。
放課後――――。
「お願いします助けてください! もう頼れるのはあなた様方しかいないんです!」
催眠させた野亥とゆかりに、深く抉りこむように頭を下げていた。
それを見たゆかりはとても困った顔をし……野亥は隠すようなことはせず、心底嫌な顔をしていた。