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第20話:収束と後始末

 さて、このあと事件はどうなっただろうか。


 神小が止まってスグに警察と救急が到着し、全員がすぐさま病院へと運ばれた。


 ゆかりと野亥、そして撮影をしていた男子生徒は無事でかすり傷一つなかった。


 次にオーバードーズになってしまった女子生徒だが、命に別状はなかった。

 それでもどういった薬物が投与されたのか、予後の影響を観察する為にしばらくは入院することになる。


 そして両耳をナイフでえぐられた男子生徒は、片耳がとれかけていたこともあり、外科手術で縫合することになった。

 だが、こちらも命に別状はなかった為、早めに退院できるだろう。


 さて……問題の凶悪犯の男はどうなったか。

 頭蓋骨骨折に顔面の陥没、さらに顔の骨折……いや、粉砕骨折。

 刺創・裂挫創などによる出血や内出血による出血性ショック。

 他にも神経損傷や様々な合併症――――。

 あと少しでも処置が遅れていれば死亡していたと医師は見解を出しているほどの重体であった。

 現在は意識不明となっており、後日別の場所へと護送される予定だ。


 それでは最後に神小となる。

 顔面は打撲による出血、頭部には打撲痕。

 拳は刺創・裂傷の他に開放骨折・粉砕骨折。

 腕は複雑骨折・粉砕骨折に筋肉損傷、内出血……さらに、両腕の脱臼も確認。

 つまり……肩が外れた状態であるにも関わらず、彼は犯人を殴り続けていたわけだ。


 おかげで砕けた骨が様々な箇所へと刺さり、それを除去する処置時間だけでも犯人の男より長くなってしまった。

 とはいえ命に別状はなく、この規模の犯罪で死者0名というのは快挙であった。


 その間、ゆかりは事件について事情聴取を受けていた。

 とはいえ、ゆかりは被害者であり、凄惨な場面も目撃している。

 できるだけ刺激しないよう、最大限の配慮が心掛けられていた。

 野亥については最後に駆けつけたということもあり、簡単な事情聴取だけで終わった。


 その後、神小の手術が無事に終わったことを教えてもらい、すぐさま病院へと向かった。


 今までロクに知らなかった男子。

 ふとしたことで知り合い、一緒に帰ることもあった。

 そんな彼の知らない一面を見てしまい………大きく動揺していた。


 何を話せばいいのか、今まで通りに接することができるのか――――。

 何もわからなかったが、それでも向かわずにはいられなかった。


 不規則に刻む心臓の鼓動と共に、野亥は病室をノックする。

 返事がないが、確かに神小の病室であることがネームプレートから分かった。

 恐る恐る扉に手をかけると簡単に開き、中を覗くとベッドの上で身体を起こしてる神小の姿が見えた。


 両腕に痛々しく見えるギブスがあるものの、一先ず無事なことに安堵する。


「すみません、あのあと気になって……腕は大丈夫そうですか?」


 扉の外から声をかけるも、神小は動かない。

 声が小さく気付かなかったのかと思い、野亥は病室に入りもう一度尋ねてみる。


「あの…………?」


 目の前に来たにも関わらず、神小は一切の反応を示さない。

 微動だにせず、瞳は虚空を見つめ続けている。

 まるで出来が良すぎる、趣味の悪い人形のようだった。


 茫然とする野亥に、看護師が後ろから声をかけてきた。


「あっ、スミマセン! こちらの患者さん、まだ面会できないんですよ」


 それを意に介さず、野亥は掴みかかるように問いただす。


「この人、どうしたんですか? 手術が失敗したんですか!?」

「いえ! そちらは問題ありません。ただ……病院に運ばれた時からずっとこうでして……」


 開発者が言っていたように、≪催眠アプリ≫は万能のツールである。

 脳をこじ開けるくらい強引な手段を取ったとしても、元に戻せるとは限らない。

 ヒトとして必要なものを切り捨て、"敵を倒す"という催眠の解除条件を達成できなかったモノの末路がこれである。


「これから別の検査もしますので、今日はお引き取りくださればと……」


 看護師にはそう言いい、神小はそのままストレッチャーに乗せて病室を出ていった。

 野亥はそれを見送ることしかできず……何もできない自分の小ささを痛感することしかできなかった。


 家に帰り、野亥は着替えもせずそのままベッドに飛び込む。

 行儀が悪いと知りながらも、そうしないといけないほどに心が消耗していた。


 何とかしたい気持ちはある。

 だが、医者でもない学生に何が出来るというのか?

 専門家に任せることが一番で、自分はお見舞いに行くくらいが正しい。


 そう理解していながらも、心がもどかしく騒ぎ立てる。


 事件のあと、彼は変わるのだろうか、それとも変わらないのだろうか。

 周囲が変わったとしても、自分だけは変わらないでいようと思っていた。

 だが、アレでは日常に帰ってくることすらできないだろう。


 今は誰もが彼のことを思うが、それもいずれ風化し、記憶のホコリとなって掃き捨てられる。


 自分の過去と家族と向き合う切っ掛けと作ってくれた人が、そうなってしまうかもしれないと考えると…………ただただ、悔しかった。


 脳髄がずぶずぶと黒い思考のコールタールに沈んでいくのを感じるが、それに抗える気力がない。

 いっそこのまま意識を黒の底へと行ってしまおうと考えていた。


 そんな彼女の意識を現実に引き戻すように、カバンの中からスマホの着信音が鳴り響く。

 心配した母親からの連絡かと思い、億劫に身体を起こしてカバンに手を伸ばし――――止めた。


 自分のスマホはベッドに放り投げていた。

 つまり、カバンの中から鳴るはずがないのだ。


 そんな彼女などお構いなしに、着信音は鳴り続ける。

 野亥は膨れ上がる不安を掻き消すように、意を決してカバンを開ける。


 中には―――――何の変哲もない、最新型のスマホが入っているだけだった。

 ただし、≪催眠アプリ≫が起動した状態の――――。

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