通り魔の事件が起きて数週間後…………容疑者と思われる男が逮捕された。
もちろん神小は何の関与もしていない。
何人もが予想していた通り、次の犯行では小学生が狙われた。
既に自分自身が薬物で正気を失っていた男が、小学生にも薬物を投与しようとしたものの、子供が暴れたせいで注射針が血管に入らず失敗。
その騒ぎを聞きつけた大人が駆けつけ、身体を張って守る。
あとは周囲の者達も集まり数の暴力で犯人を制圧……そのまま警察に引き渡された。
ニュースでは連日この事件が解決したことを報道していた。
身を挺して子供を庇った大人のインタビュー映像が連日で放送。
犯人のプライベート、貧困・好物・行動などの属性も切り貼りされ、SNSでは正義の棍棒として普及していた。
まだ病院で心を治療している被害者がいるものの、大多数にとっては既に終わった事件となってしまった。
「はぁー…………」
それでも神小は、何かモヤモヤした気持ちを抱えて、野亥と一緒に前に行ったキッチンカーにいた。
「……目の前で溜息はかれるほどイヤなら、先に言ってくれませんか」
「ほわぃ!? いやいや全然イヤじゃないっす! 大好物です! 毎日飲みたいくらいっス!」
慌てて残ったスムジーを飲み干すも、無意識にまた溜息をはいてしまった。
「…………イヤじゃないなら、溜息の理由を説明してほしいんですが」
「あー……いや、ほんと大したことじゃなくて……事件、解決してよかったなぁって」
それにしては浮かない顔だと、野亥は気付きながらも指摘はしないでおく。
「そうですか。来月にはもう二人以上での帰宅が解除されるので、寂しいのかと思ってたんですけど」
「……………バレたぁ!?」
明らかな嘘であると、彼女は気付く。
以前ようにまったく興味を持っていない時ならまだしも、ふと目で追うようになった今となっては、とても分かりやすい態度であったが、指摘はしないでおいた。
「別に、学校でいくらでも会えるじゃないですか」
「いやー……学校じゃ切っ掛けがないと……」
曖昧に答えながら、被害者の子と会ってからのことを考える。
計画犯だということを知ってから、様々なニュースや噂を漁った。
だが有用になりそうな情報は、ゴミのように飽和した情報に埋もれ、何もわからない。
そうしている間にも犯人はどこかで誰かを狙っている。
なんなら、ベッドで寝ているその時に誰かが襲われているかもしれない。
そう考えると寝ることすらできず、大きな不安が付きまとい、朝になることもあった。
しかし結局、犯人はドジを踏んで捕まってしまった。
何かしなければと思い続けたものの結果が、自分の無力さを痛感した経験だけであった。
「はぁー……あぁー…………」
何もしなくとも人は動き、世界は回り続ける。
他のお客さんの流れを目で追う。
事件があったことなど忘れたかのように、皆うれしそうな顔をして話に花を咲かせていた。
「……ねぇ、野亥さん。なんかカップル多い……多くない?」
「気のせいじゃないですか」
神小がよぉく目を凝らして、周囲の人間を観察する。
年齢の幅こそあるものの、ほとんどが男女のペアであり、仲睦まじい様子を見せつけていた。
それもそのはず、ここはカップルがよく来る店であり、だからこそ女子達にとって有名な場所だったのだから。
「やっぱ気のせいじゃないって! あぁ痛い、痛い! なんか心が痛いよぉ!?」
自分たちもそう見られてると思わないのか……そう言いたくなるも、野亥は口を引き締めて言葉を飲み込んだ。
野亥のポケットから通知音がする。
倒れこむ神小を無視して確認すると、誰かのカメラ映像が流れていた。
「はぁ…………どったの?」
「いえ、ゆかりがライブ放送しているみたいなので見ただけです」
いかがわしいやつですか!?……と言おうとしたが、流石にライン越えだと判断して別のことを尋ねる。
「ライブ放送って、何か面白いのでもあった感じ?」
「いえ、ちょっとした自衛手段です」
そうして野亥が説明する。
一番最初は、格闘などをかじっている男子生徒の発案だった。
もしも通り魔が出た際、録画していたら一躍有名人になれると考えたのだ。
とても不謹慎だということで怒られたものの、別の人間が違う手段としてライブ放送を提案した。
もしもライブ放送をしていたら、犯人も襲ってこない。
よしんば犯人が現れても、いつ・どこで・どういう状況なのかが一目で分かる。
つまり、警察もすぐに駆け付けられるし、今その生徒が何をしているかの監視もできる為、黙認されたという流れだ。
「皆してましたけど、知らなかったんですか?」
「なにそれ知らない。え、なに? 陽キャ専用タグとかつけられてる!? だから見つからなかったの!?」
すぐさま自分のスマホで検索してみると、確かにクラスメイトや別クラスの生徒たちが楽しそうに帰っている様子が放送されていた。
「うわあああぁぁぁ! ちくしょう、羨ましいいいいいいぃぃっ!! 俺もやりたいよおおおおぉぉ!!!!」
悔しがるように地面を叩き、チラリと野亥の方に視線を送る。
「私の後ろ姿をずっと撮影しますか? ストーカーとして通報されると思いますけど」
「うぐぁ!? じゃ、じゃあ俺を撮ってもらえれば!!」
「何も喋らず、ただ黙って歩くだけのあなたが学校中に知られますが、本当にいいんですね?」
「ぐあああああぁぁ!!」
普通に横に並び、野亥の横顔を撮影するだけで再生数は爆上がりするのだが、それに気付かないからこそ、彼は彼足り得るのだろう。
神小は悔しさを噛み締めながら、画面の向こう側で楽しんでいる皆を見る。
瞬間――――最悪の考えが思い浮かんでしまった。
通り魔は捕まった。
現行犯なのだ、疑いようもない。
だが――――本当に犯人だったのか?
もしも彼が被害者だとしたら?
真犯人が存在し、彼を薬漬けにしてわざと犯罪を起こすよう誘導したら?
真犯人は誰かを探している計画犯だった。
警察が本気でパトロールしている中、人を探しているだけで不審に思われるだろう。
しかし――――もしも数多の目を覗き見れるとしたらどうだ?
誰にも頼まれず、自発的に真犯人が利用できる無数の目。
放送されているライブ映像を片っ端から見ていけば、おのずと探し人を見つけられるのではなかろうか。
つまりこれは防犯ではなく――――――無自覚な共犯者であり、最悪の監視者達だ。
もちろん、この時点でこれはただの推測だ。
真犯人など存在せず、裁かれるべき罪人は檻の中。
被害者は増えず、ただの杞憂で終わり、馬鹿なことを考えてたと笑う。
そうなることを願いながら、神小は必死の形相で映像を調べ続ける。
そして見つけてしまった。
証拠も説明できる言葉もない―――――だが、こいつが真犯人であるという人物を。
それを、ゆかりが撮影している画面に映っていることを。
神小は弓から放たれた矢のように飛び出した。
「ちょ、ちょっと――――」
突然の行動に、野亥が慌てて止めようと後を追おうとする。
「来んなぁ!!!!」
あまりの声の大きさに……そして今まで一度も聞いたことのない乱暴な物言いが、彼女の足を止めさせた。
それを気にする素振りも見せず、神小は心臓が張り裂けんばかりに走り続ける。
間に合えば勇敢な人気者に。
間に合わなければ悲劇のヒーローに。
まったく願っていなかった……彼だけができる、人を救う機会が与えられたのであった。