野亥と別れて家に帰った神小は、心ここにあらずといった感じで≪催眠アプリ≫の設定を眺めていた。
『おい、小僧。若年性認知症か? それは≪催眠アプリ≫でも治せん、諦めろ』
「勝手に診断して勝手にサジ投げないでもらえませんかね!?」
ツッコミを入れるも、どうもノリ切れずにいる。
『いったい何だ、男のクセにアンニュイな雰囲気を出しおって。似合わんどころか、マーマイトとシュールストレミングくらいのミスマッチだ』
「悪いところ同士で打ち消すどころか最悪の悪魔合体じゃん……」
とはいえ、少しは気がまぎれたので、神小は思い切って開発者に相談することにした。
「いやさ、野亥さんがお父さんの遺品についてお母さんと話し合うって言ってたのよ。なんか吹っ切れた……は違うな。真っ直ぐに前を向いた感じ」
『それがどうした? お前には何の関係もなかろう』
「そーなのよ……俺、ちょっと喋っただけで何にもしてないの。だからなんて言うか……置いてかれたっていうか……疎外感? それ感じちゃってさぁ……」
確かに神小の言葉はほんの少しだけ言葉をかけただけである。
しかし、それがなければ野亥とその家族の時間は止まったままだったろう。
時間を進める為に歩む決意をしたのは野亥であったが、その切っ掛けを作ったのは間違いなく神小だった。
だが≪催眠アプリ≫はあれど読心能力を持たぬ彼にとっては、知らぬ真実である。
だからこそ、神小は野亥が自分で決めたのだと誤解していた。
そしてそんな彼の悩みを、開発者は小ばかにするように鼻で笑った。
『ハッ! いまさらか? お前は馬鹿で、だから≪催眠アプリ≫があるのではないか。』
「うん、だから今なにかいい感じの設定とかないかなーって探してたんだけど……これ、ちょっと………」
言葉を濁す神小に、開発者が詰めるように問う。
『なんだ、言いたいことがあるなら言え! それが真っ当ならば聞く準備はあるぞ』
「あー、うん……ぶっちゃけ使いづらい」
『なんだとキサマァ!! どんな状況でも使えるよう様々な機能と設定を取り揃えてあるというのに、使いにくいだと!?』
ヒートアップする開発者をなだめるように、神小が答える。
「それ、原因。設定を細かくできすぎるせいで超めんどくさい! こういうのはボタン一発で全部やってくれないと困るの! キャラクリで十二時間かかるゲームとかクソゲーでしょ!?」
『その為のアセット機能だ! お前でも登録できるように簡単にしているだろうが!』
「だから! そのアセットに登録するオプションやら設定が! 多すぎ! わからない単語ありすぎ!」
要は、万能のツールであるが故に、お手軽さがなくなっているという話だ。
「例えるなら、この≪催眠アプリ≫は何でも書ける神ペイントツール! だけど俺みたいな奴は一発でポンって絵が出せる機能がないと使えないの!!」
『ヌゥッ……!』
そんなことをすれば≪催眠アプリ≫の万能性を損ねることになる。
だが、"どんな馬鹿でも欲望のままに人を操れる"というコンセプトがある以上、神小の意見は無下にできなかった。
『………よかろう、初心者用のモードとクリエイターモードの仕分けを検討しておいてやろう』
簡単に言えば、初心者は最初から設定されている催眠条件を付与するもの。
クリエイターモードは様々な状況に応じて好きにカスタマイズできるというものだ
「普通、みんな催眠は初心者だと思うんスけど」
『それはどうでもいいとして、初心者用の設定をどうするかが問題だな』
そこで神小が、名案とばかりに手を叩く。
「そうだ! AIモードはどうッスか!? こう、やりたいことを言ったらAIが自動で判断して勝手にやってくれるやつ! 絶対に便利――――」
『駄目だ』
神小の意見を封じるように、開発者は言葉を被せて否定した。
「ど、どうして……やっぱ技術的に難しいから……とか?」
『いや、私なら完璧なAIも複製できる。だがお前の言うシステムはどちらかといえばBOTだ。今AIだと言われて社会に普及しているのもこれに近い』
頭をかしげる神小に、かみ砕いて説明する。
『簡単に言えば人工無能。膨大な過去データから最適っぽそうなデータを出して終わり、正しいか正しくないかも判断しない。ただのモノでしかない』
つまるところ、何も考えていないが故に使用者の用途に沿うとは限らないわけである。
「あー……それじゃあ、ちゃんとしたAIだとどうなるの?」
『そうだな……お前や周囲の状況、膨大なデータをもとに思考し、最適だと思われる結果を選択するだろう』
「おぉー! いいじゃん、いいじゃん! こっちで考えなくて全部勝手にやってくれるとか超楽でいいじゃん!」
『相手が死んだ方がいいとAIが判断した場合、そいつは催眠によって死ぬことになるが、いいんだな?』
「…………え?」
急な話の展開に、神小の頬に冷たい汗がつたう。
『いいか。世の中には履き捨てるほど馬鹿がいる。だが、どんな馬鹿でも行使できるものがある……選択だ』
開発者が、諭すようにゆっくりと言葉を続ける。
『どんな人間だろうと、全員が選択という舵を握っている。お前はその舵を、実体すらないナニかに委ねるのか? 人間ならば自分の選択の舵くらい、自分で握れ』
真剣な声色に聞き入る神小に気付き、開発者は軽く咳払いした。
『それに、使用者の選択……そして意図に反する可能性がある機能など、どんなに便利だろうと欠陥品にすぎん。いいな?』
「う……うっす……覚えときます………」
普段からは考えられないような真剣な言葉に、神小は圧倒されていた。
少なくとも≪催眠アプリ≫というふざけたモノに対して、どれだけ真面目に取り組んでいるのかは、理解できたことだろう。
「………ハッ! 完全で完璧なAIによるギャルゲーを作ってもらえば、現実で悩まなくてもよくなるのでは!?」
『完璧にリアルを反映した場合、キサマはAIにすらモテず孤独死することになるが、いいのだな?』
「そこは俺のこと都合よくだいちゅき設定にしてくれよおおおおぉぉ!!」