さて……神小が地獄の窯底から這い戻り、昼休憩となった。
「いや~悪かったって」「ほら、照り焼きチキンの皮やるから」「いや、それ皮がメインじゃね?」「鳥皮うめぇよな」
殺伐とした空気はなく、いつも通りワイワイと騒ぎながらの昼食であった。
「冤罪の賠償が皮一枚とかレートどうなってんだよ」
「いやいや、貰えるだけマシだろ」「こっちゃ仲良し急接近ドキドキ☆キュッキュンを見せられたんだぞ」「刺激的すぎて心臓止まったわ」「はよ成仏しろ」
あのあとどうなったかと言うと、神小は事件について全てゲロった。
もちろん、≪催眠アプリ≫などのことは伏せて。
ゆかりとの関係性はあくまで助けただけで一時的なものである。
だから抜け駆けして彼女を作ったとか、実は隠れてイチャイチャとかもないと。
「ほんとか~?」「ウソじゃなさそうだけど、ほんとでもなさそうな気がすんだよな」「実はもうZまでしてんだるぉ!!」「失望しました! ファンやめます!」
とまぁ、信用がストップ安状態だったのだが――――。
「お前らぁ! 俺がなぁ! 一度助けただけでモテるようになると! 思ってんのかぁ!?」
しばらくの沈黙、そして――――。
「確かに」「1回じゃ無理だよな」「3……4回でギリか?」「おれは信じてたよ、お前のこと☆」
自傷ダメージを利用した信用回復魔法、効果はバツグンだった。
「でもよぉ、それだけでゆかりさんがあんなに親しそうにするかぁ?」
とある男子の一言で、再び視線の槍が神小へと突きつけられた。
「……でも、ほら……ゆかりさんなら……ありそうじゃね?」
「……まぁ、あるか」「なんならおれ、昨日も目が合って勘違いしちゃった」「罪な女や」「カワイイは無罪だから釈放!」
クラスの陽キャで人気者の彼女は、どんな相手であろうとも太陽のように分け隔てなく接している。
だからこそ数多の男子生徒が勘違いしたりするのだが、そういった前例があるおかげで、ゆかりと神小が急接近しても"いつものやつかな"と思うのであった。
ふと、神小が気になってゆかりの方へと視線を向けると、あちらと視線が合ってしまった。
笑顔でニッコリと手を振ってくれたので、神小もぎこちなく振り返す。
そしてそれに便乗して近くの男子たちが神小にのしかかり、思いっきり手を振る。
その様子を、野亥はなんともいえない……いつもの表情で眺めていた。
そうしていつもの放課後に、いつのも面子が集まった。
「すいません許してください!」
「……とりあえず、説明してもらっていいですか」
不機嫌そうな顔と声色の野亥に、神小は全力の土下座をしていた。
「いやっ、違うんスよ! 浮気じゃないんです! 信じてください!!」
「……あぁ、そういうことですか」
言いたいことを察して、野亥が大きくため息をつく。
「付き合ってもいないのに彼氏面ですか? 気持ち悪がられますよ」
「ふぐっ!?」
「別に浮気でもなんでもないんですから、好きにすればいいじゃないですか」
「ぁ……ぁぅ………」
蔑むような視線が、神小のハートに突き刺さる。
貫通はしなかったので、まだ傷が深いだけですんだ。
『小僧、こんな難物を相手にするより、ゆかりとかいう女に≪催眠アプリ≫を使った方がいいだろう』
開発者の言うことはもっともであるが、神小は首を横に振って否定する。
「いや、それはダメでしょ。そんなホイホイ≪催眠アプリ≫使ってたらバレるかもしれないし……」
『しれないし……なんだ?』
「一人の女子にアプローチ中に他の子に乗り換えるとか、クズ男みたいでヤダ!」
大きくて厄介な偏見を聞き、開発者は何も言えなくなった。
野亥はというと"人を催眠してるのですからとっくにクズです"。
"アプローチよりも先に、その小学校から成長していない貞操観念を何とかしたらどうですか?"と言おうとしたが、一握りの優しさから沈黙を選んだ。
『お前のワガママはさておき、≪催眠アプリ≫をアップデートしておいた』
「マ!? ビームとか出たりするの!?」
『出してどうする。まぁ今回は簡単なアセット機能を追加しただけだ』
開発者の男がかいつまんで説明する。
今は初期設定で≪催眠アプリ≫を使用しているが、このアセット機能を使えばもっとカスタムした催眠を一発でかけられるようだ。
つまり、毎回ノーパンでいてほしい時は毎回パンツを脱がせる命令を出す必要があったが、これを使えばアセット番号を言うだけでその催眠がかかるというわけだ。
『試しに"アセット・ワン"と言ってみろ』
「おっけーシリ、アセット・ワン!」
そうして神小が野亥に≪催眠アプリ≫の画面を向けると、妖艶で大人っぽいポーズをとった。
『いまアセット・ワンに登録してあるものは"自分が思う最高にセクシーなポーズをとる"だが、成功のようだな』
「へぇー! それじゃあ、これが野亥さんの思う"最高にセクシーなポーズ"なんだぁ………へぇー、へぇー!!」
野亥は昔のドラマで見た女優のポーズをとるが、屈辱と恥辱で身体が震えていた。
そんな彼女の気持ちなど知らず、神小は目を輝かせながら色々な角度から眺めていた。
セクシーポーズの野亥は心から祈る……もしも神がいるのなら、今すぐこの状況をなんとかしてくれと。
そうして神は、その願いを最大限に歪めて叶えてしまった。
「ちわーっす! 神小くんまだ帰ってなかったんすね! それなら一緒に帰――――」
突然の乱入者に、その場を沈黙が支配する。
セクシーポーズをしたまま固まる野亥。
それをローアングルから眺める神小。
そしてそれを目撃してしまった、ゆかり。
どう言い訳しようとも、絶対に炎上する場面である。
なんなら神小だけではなく、野亥にすら延焼するだろう。
それをいち早く判断した開発者が叫ぶ。
『小僧! 今すぐ≪催眠アプリ≫を使えィ!!』
「うおおおおぉぉ! ≪催眠アプリ≫通常モード起動ぉ!!」
「ひゃああぁっ!?」
こうして、また一人≪催眠アプリ≫の毒牙にかかってしまったのであった……。