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第6話:恐ろしき馬鹿

 あの切っ掛けから、神小と野亥の関わりは強くなっていた。

 …………なんてことはなく、学校ではいつも通り接触どころか挨拶すら交わしていなかった。

 そもそも≪催眠アプリ≫であの時の記憶は消えていたのだから当然である。


 もちろん記憶を引き継がせたり、都合のいい所だけを思い出せるようにする方法もある。

 だが"そういうのはちょっと違う"と言って、何もしていなかった。


 彼がモテない理由の一つである。

 とはいえ、こういった不器用なところがあるから放っておけないと、同性の友人はそれなりに多いと補足する。


 さて、そんなこんなで変わり映えのない学校生活を送っているかと思えばそうではなく……。

 何故か野亥の不機嫌そうな顔がパワーアップし、不穏なオーラまで出していた。


 そんな彼女に、一人の女子生徒が声をかける。


「どうしたんすか~、そんな顔して? もしかして前にニュースでやってた裏路地の裸女子って野亥ちゃんで、誰かに撮影されて脅迫されてるとか!?」


 彼女は[橋渡 紫(はしど ゆかり)]、野亥とは小学校からの付き合いである。

 なので、野亥のことを誤解なく付き合ってる数少ない友人の一人だ。


「そんな趣味ないから。そうじゃなくて……これ見てくれる?」

「これは……どっかの住所と写真? 中身、これ何すか?」

「小さい頃に見た記憶のものがあるから、たぶん離婚した父さんの遺品。レンタル倉庫に預けられてるみたい」


 あの日、神小は大きな失敗をおかしていた。

 しっかりと荷物を運んだことを報告する為、情報共有の為に野亥へメールを送ったのだった。

 もちろん事前に野亥に話は通していたが、それは催眠されている状態での話である。

 緊迫していた状況かつ、疲労していたことで記憶の引継ぎがないことを忘れていたうっかりミスであった。


「あ~……なぁんか複雑な家庭環境っぽいのは知ってたっすけど、それは初耳っすね」

「うん、この話を学校したのはゆかりが初めて。それで色々調べてみたんだけど……」

「どしたんすか。そんな言いよどむなんて、らしくもない」


 言いたいことはズバズバと言う野亥が躊躇しているのを見て、ゆかりも真面目に聞く。


「このレンタル倉庫、私名義みたいなの。だけど、私は契約をした覚えがない」

「ん~と……つまり、野亥ちゃんの偽物が出たって話っすか?」

「ううん、私だったのを確認した。簡単にまとめると……私がレンタル倉庫を借りて、誰かがそこへ父さんの遺品を運んで、私にメールで教えたってことになる」

「だけど、そんな記憶はない……ってことっすか? これはまた、複雑怪奇っすね~」


 得体のしれない何かを感じ取り、自然と二人の声は小さくなっていく。


「手がかりはこのメールアドレスだけ。だけど、誰のものか分からない……」


 他にも手がかりはある。

 それは手の痛みである。

 どこかで引っ掛けたりぶつけた覚えもないのに、何故か何かを殴ったかのような痛みがある。


 父親のように記憶が消えたのか、それとも別の何かがあったのか……。

 事態を正確に把握できないからこそ、野亥は警察に相談すべきか、探偵に依頼すべきかを悩んでいた。


「じゃあ、それから調べてみればいいんじゃないっすか?」

「…………え?」


 呆けている野亥をしり目に、ゆかりは慣れた手つきでスマホを操作する。


「分かったっすよ、神小くんのアドレスみたいっすね!」


 わからなければ聞けばいい。

 明るい性格と面倒見の良さから大勢の友達がいる彼女にとって、この程度のことならば一分で解決する問題であった。


 ちなみにアドレスがバレた神小は情報が漏れたことなど知る由もなく、男共と脱衣麻雀をしていた。

 いざ本番の時に女子を脱がせる為の練習らしいが、その機会は一生訪れないだろう。


「あ、ありがと……まさか、こんなに早く分かるなんて……」

「いえいえ~、どういたしましてっす」


 とはいえ、ここからが問題でもある。

 神小が何を知っているのか、どこまで関わっているのかが分からない。


 なお、問題の中心点にいる人物は脱衣麻雀に負けて制服を脱がされているところだ。

 いつもの馬鹿っぷりで、何かを企んでいるようにはとても見えなかった。


「はぁ……ここからどう調べようかな……」


 事態が大きく進展したことものの、野亥は再び頭を悩ませていた。


「じゃあ本人に聞けばいいんじゃないっすか?」

「…………は?」

「お~い、神小く~ん! ちょぉ~っといいっすか~?」

「いやいやいや……!」


 野亥が制止するも時既に遅く、陽キャ族のゆかりが陰キャの住処へと突撃していった。


「ち、違うんです! ただちょっと制服を無理やり脱がされてただけで、変なことは何もありません!」

「それは十分に変なことっすよ」


 いつも通りの奇行なので、ゆかりもそれについてはスルースキルを持っていた。


「神小くん、野亥ちゃんにメールを送ったっすよね? それでちょっと聞きたいことがあるんすけど、時間いいっすか?」

「ほわぁっ!?」


 神小が奇声をあげるが、それは自分の失敗に気づいたからではなかった。


「……神小くん?」「なんで野亥さんのメール知ってんのかなぁ?」

「っていうか何送ったの? チンの写真?」「通報するわ、壁の向こうでも元気に死ね」

「「「「というかここで殺しても無罪なんじゃね?」」」」


 ……といった感じで、類は友を呼ぶというか、感染して手遅れになったというべきか、なんにせよモテない男子達の僻みと嫉妬の制裁を感じ取ったからだった。


「ほら~、休憩時間もそんなにないんすからこっちに来てくれないと」


 男子たちのいつものアレをスルーし、ゆかりは神小の袖を掴んで野亥の方へと引っ張っていった。


「ほあぁ! ほわああぁ!?」


 今まで一度もそんな経験がなかったせいで、既に神小の脳みその演算装置はオーバヒートしていた。


「ほい、連れてきたっすよ」

「はぁ……ゆかり…………まぁ、いいけどさ……」


 野亥は諦めたように溜息をつく。

 そして、決心して神小へ自身に起きたことを説明した。


「―――――ということなんだけど、何か知ってる?」

「ひゅっ…………!」


 ここでようやく冷や水をかけられたかのように、神小は正気に戻った。

 もしも放課後であれば≪催眠アプリ≫を使って誤魔化せたことだろう。

 だが休憩時間中で大勢のクラスメイトがいる中で使えば一発でバレる。

 そうなれば冗談ではなく本当にムショへ送られると確信していた。


 だからといって適当にはぐらかすことができないことは、野亥の目を見れば分かることだった。

 なにせ父親の遺品に関係しているのだ、彼女も相応に本気であった。


「あー……それは、そのぉ……なんといいます………かぁ……」


 その時、神小に電流が走る!


「実はその日、忘れ物をして教室に戻ったんだけど……野亥さんが深刻そうな顔で窓の外を見てて……」


 オーバーヒートした脳は既に冷えており、ここからの生存戦略を紡ぎだそうとしていた。


「なんか飛び降りそうな雰囲気をしてたから声をかけたんだけど、お父さんのこと聞いて……」


 その言葉に野亥が大きな違和感を持つ。

 今まで誰にも言わなかった秘密を、ただのクラスメイトに……しかも馬鹿な集団の一人に話すわけがないと確信していたからだ。


「それで遺品をどうしようって言ってたから、レンタル倉庫を教えてあげて、あと荷物運びも手伝ってたんだけど――――」

「それ、嘘だよね。だってそのこと誰にも話したことないし。それに、レンタル倉庫のこととか全く身に覚えがないんだけど」


 既に野亥はいくつもの矛盾点と追及箇所を頭の中で揃えており、それを武器としてどう真実を暴くかという段階に入っていた。


 だが野亥は量り切れていなかった……目の前の男が、どれだけ性質の悪い馬鹿なのかを。


「ぇ……身に覚えがないって…………一生懸命がんばったのに、俺のこと……眼中になかったって……コト?」

「………え?」

「なんかずーっと上の空だと思ってたけど……もしかして、その情報しか耳に入ってなくて……俺のこと…………認識すら……してなかった……って、コト……!?」


 緊迫していた場の空気が、一気に悲惨なものへと変貌した。


「野亥ちゃん……それは流石に……どうかと思うっすよ」

「いやいやいや……! 流石にそれは――――」


 ない……とは、断言できなかった。

 野亥は意図的に一部の性格的に合わなそうな男子生徒と関わろうとせず、話や行動も我関せずの態度を貫いてきた。


 それが極まったせいで、神小から都合のいい言葉だけを拾い、その他の全てを認識してなかったと……言い切れなかった。


「いや、別にいいんだよ……? 野亥さんもお父さんが死んで大変だったろうし、最初から俺のことなんか気にかけるような存在じゃないって知ってたし……」


 ゆかりが、野亥に向けて何か言いたげな視線を送る。

 だが、彼女は弁明も言い訳もできなかった。


「でもさぁ……! 少しくらいはさぁ!! 夢見たっていいと思うんだけど……それでもやっぱり、高望みなのかなぁ!?」


 トドメとばかりに、神小は嗚咽交じりの叫びを響き渡らせる。

 教室内の空気は、既に彼へ同情するもので満たされてしまっていた。


「あ……えっと、その………ごめん」


 その空気に耐え切れず、野亥が謝罪する。


「あ、フっちゃった。残念だったっすねぇ~」


 この最悪のタイミングで、味方……ゆかりからの誤射が飛んできた。


「いやいやいや、今のはそういう意味じゃなくて――――」


 野亥が動揺しながらも否定しようとする。

 しかし、この機会を逃す男ではなかった。


「おろろぉーん! おろろろおぉーん!!」


 神小、ここでまさかまさかの男泣きである。

 もちろんこれは演技である。


 だが野亥という人物、教室内の同情を誘う空気、そして勢いの全てを味方にした神小を疑う者は、誰もいなかった。


「どんまい! まぁ気にすんなって!」「お前はこっち側なんだからさ!」

「お前はそういう奴なんだって、諦めろ」「コモノはコモノらしくってな!」


 ちなみに"コモノ"というのは神小のあだ名である。

 神小 物部……"小"と"物"という字でコモノ。

 中学生の頃につけられたあだ名だが、自分でもコモノだと自覚しているので、特に気にしていなかった。


「それはそれとしてお前らは殺す」

「「「「!?!?!?!」」」」


 神小は激怒した。

 コモノというあだ名は気にしないが、同じモテない男なのに上から目線で慰めるその態度が許せなかった。

 セリヌンティウスを犠牲にしてでも、かの邪知暴虐な男子共を除かねばならぬと決心した。


「くたばれこのクソ共があああぁぁ!!」


 そうして神小のフライングダイビングがゴングとなり、モテない男バトルロイヤルが開始された。


「いや、その、ほんとそういうのじゃなくて…………ダメだ、聞こえてない……」


 野亥が何か口を挟もうとするも、既にどうしようもない状況である。

 結局、野亥もこの空気に流され……この件は忘れられるのであった。


「んん~? でも、な~んか気になるっすねぇ~」


 ただ一人……ゆかりを除いては。

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