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第27話



「奈央悪かった。いくら飲みすぎたとは言え、最低だよな。本当にごめん」


 表情を覆い隠している奈央の髪にそっと手を伸ばし、恐る恐る耳にかける。⋯⋯が。


「あっ、おまっ!」


 掻き上げた髪の隙間から見えたのは、


「奈央、なに笑ってんだよ!」


 必死に笑いを噛み殺している姿だった。


「だって敬介、真面目に謝ってるし、必死な顔が笑える!」


 ということは、だ。何も致してなかったのか? 俺は無実か?


「あのさ、奈央? 俺、何も――」


「いけないことでもしちゃったと思った?」


「そ、そりゃ、まぁ。お前泣いてるように見えたし」


「そんな簡単に敬介にさせるはずないでしょ。それに何かあったとしたって、それくらいで私が泣くはずないじゃない」


 身を守ることはいいことだと99%同意し、残りの1%のほんの少し、ホントにチョットだけ、簡単にさせないと言われて邪にも落胆する。


 でもな、奈央。そんなことで泣くはずないとか、割り切った風に言うな。何かされたのなら、傷付いたって泣いて喚けばいい。かと言って、俺は奈央を傷付けたくはないし、嫌がることもしたくはないけど。


 まだアルコールの抜け切っていない脳は、支離滅裂に思考を巡らす。


「でも敬介。セクハラ行為は多々受けたから」


 嫌がることをしたくないと思った傍から、奈央の言葉が突き刺さる。

 しかし、反論の余地はない。事実、裸で奈央を抱きしめ寝ていたわけだし。


「とにかく、その間抜けな顔を何とかしたら? シャワー浴びてきなよ。朝食用意してあげるから」


 セクハラを受けた割には、その顔に怒った様子はない。寧ろ、楽しそうに笑み崩れて奈央はベッドルームを出て行った。


 その数分後。


 バスルームに俺の雄叫びが木霊した。


 アイツが笑ってたのって⋯⋯。

 間抜けな顔って⋯⋯。


 ――――あの女、笑っていた原因はこれか!






 手際よく奈央がテーブルに並べていくのは、俺の体調を気遣ってか軽めの朝食。

 それと、もう一つ。昨夜、俺がやったと思われる残骸も、テーブルにポツリと置かれていた。


「敬介、あまり食欲ないでしょ?」


「うん、かなり」


「なら、これだけでも飲めば?」


「あぁ、サンキュ。いただきます」


 奈央が勧めたのは、しじみの味噌汁だ。ムカついた胃に、熱さが優しく染み渡る。


「ところで奈央? 俺は何であんな顔をしていたんだろうな?」


「私がやったから」


「⋯⋯だよな」


 いくら酔っていたとはいえ、自らあんな奇行に走るとは思えない。


「何で、そんなことした?」


「大人しくされるがままだったから」


「⋯⋯そうか。楽しかったか?」


「うん」


 普段なら怒るところだろうが、裸で奈央を抱きしめていた事実と、セクハラをしていたらしいことを踏まえると、ここは強気に出られない。


 たとえ、瞼が青色に塗られていようとも、頬がうっすらピンク色に染まっていようとも、唇を大きくはみ出して真っ赤に染め上げられていようとも、だ。


 雑なメイクが施された己の顔を見て風呂場で絶叫する羽目になったが、残念ながら文句を言う資格はない。


「本当に何も覚えてないの?」


 あまり食欲がないのか、箸を置いた奈央は、ハーブティーを飲みながら訊いてきた。


「覚えてない」

「呆れた」

「面目ない。それより、お前も食欲ないのか?」


 立場がなくて話を逸らすつもりが、これを引き金に次々と明らかにされていく昨夜の失態。

 奈央はもしかするとチャンスを待っていたのかもしれない。今か今かと話す機会を窺っていたのか、ハーブティーを置いて身を乗り出してきた。


「そうなの食欲ないの。胃がもたれちゃって」


「まさか、俺が酔ったのを良いことに、お前も飲んだんじゃねぇだろうな?」


「違う。最後まで酔っ払いに阻止されたから飲めなかった」


「じゃ、どうしたんだ?」


「訊きたい?」


 口元をニヤリと吊り上げ、小悪魔の笑みを見せる奈央。嫌な予感しかしない。


「いやいい。別に聞きたくない」

「それはね、夜中に敬介に無理矢理食べさせられたから」


 聞きたくないと断ったはずの俺の意見は通らないらしい。


「チキンも結構食べたって言うのに、『奈央ちゃ~ん、これも食べて~』って嫌がる私の口にケーキを押し込んできたの、敬介が」


「⋯⋯」


「しかも、頬にクリームをわざと付けられて、舐められたの。敬介に」


「っ⋯⋯!」


 何をやってんだ、俺は!


「私にミニスカサンタになれ! とも言ってたっけ、変態は」


「あっ、そ、それは多分、そんな格好をしろって意味じゃないと思うぞ? 少しは愛想良くしろって意味だと――」


「悪かったわね、無愛想で」


 ピシャリと怒られ、黙って味噌汁を啜る。


「その無愛想な女に『奈央ちゃん、今日は香水の匂いしないから』って、意味不明な理由で抱きついてきたのは、目の前にいる変態エロ教師だけど」


 消えたい。出来ることならば、今すぐどこかにこの身を隠してしまいたい。


「その後に、何故だかこんな風にしたの」


 そう言って、奈央はテーブルの上に置いてあった残骸を指差した。

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