何とかマンションに辿り着いたものの、奈央の部屋のインターフォンを何度鳴らしても応答がない。
もしかして出掛けているのか?
気持ちが焦り、インターフォンを何度も押してしまう。
悪戯かと疑われてもおかしくないが、『頼むから家にいてくれ!』という切実な願いが、ピンポンダッシュをせずにはいられない。
「うるさい! バカ教師!」
突然、勢い良く開いたドア。そこには怖い顔をした奈央がいて、開口一番雷を落とされた。
「奈央が出るの遅いからだろ」
「トイレ入ってたの」
「便秘か?」
「さようなら」
声を低くした奈央にドアを閉められそうになり、慌てて手で押さえる。
「待てって! 悪かった。下痢だったか?」
今度は無言のまま、凄い力でドアを閉めようとするが、何とか隙間に足を割り入れ、痛みと引き換えに阻止には成功した。
「ちょっと何なのよ」
「いいからこれ持ってろ!」
チキンとケーキとシャンパンが入った袋を無理矢理奈央に押し付けると、ポケットに忍ばせていたものを取り出して、その紐を引っ張った。
パンッ! と、乾いた音が響き渡り、色とりどりの紙テープが玄関先に飛び散る。
驚かしたつもりなんだが、残念なことに奈央の表情はピクリとも動かない。
「敬介、何がしたいの? 近所迷惑なんだけど」
一段と怖い顔をして睨む奈央に、このフロアには俺とお前しかいないんだが、という口答えは、2回目の落雷被害を避けるために呑み込んで、勝手に靴を脱ぎ捨てる。
「奈央~、クリスマスパーティーするぞ~」
そそくさと部屋の中へと入って行く俺の背中には、冷たい視線がビシバシと飛んでくるのを感じるが、気にしたら負けだ。
それに、奈央の塩対応にも良い加減慣れてきた。何より酒の入ってる俺は、普段よりも気がでかくなっている。諦めろ。
「あ、やっぱお前勉強してたのかよ。今夜はもうダメー。勉強終了!」
リビングに入るなり、机の上にあった開いたままの問題集やら参考書を見つけ、勝手に閉じては棚へとしまう。その様子を壁にもたれながら怪訝な目で奈央が見つめている。
「勝手に決めないでよ」
「そう言うなって。折角、色々買ってきたんだから、付き合えよ」
呆れて言葉も出ないのか、もたれ掛かったまま動かない奈央から持たせていた荷物を奪うと、それらをテーブルに並べ始めた。
「ほら、ボケーッと突っ立ってないで、お前も座れ。あっ、その前にシャンパングラスってあるか? なきゃ何でもいいから、持って来いよ」
壁に預けていた体をお越した奈央は、グラスを取りに行くかと思いきや、無表情でソファーに移動し腰を下ろす。
足を組んでこちらを見る奈央は、さながら女王様のような貫禄だ。ここは、お姫様みたいな可愛らしさを、ちょっとでも良いから出して欲しいところだが、生憎と顔にさざ波一つ刻まない。
「敬介って、クリスマスとかではしゃぐタイプの人だったの?」
「だよなぁ?」
「だよな、じゃない。私が訊いてるの」
それでなくても機嫌は低空飛行なのに、俺のとぼけた切り返しがお気に召さなかったのか、細められた視線はどこまでも冷ややかだ。
「いや、俺もビックリ」
「⋯⋯」
そんなに怒んなよ、と目で訴えたが効果はなし。
何とか空気を変えようと、まだ持っていたクラッカーを鳴らしてはみたものの、反応無しの奈央の前では弾けた音がやけに虚しい。
「俺だってクリスマスなんて興味なかったよ。でもな⋯⋯、」
「なによ」
「⋯⋯楽しいんだわ、俺も。お前といると」
「⋯⋯」
言ったはいいが、羞恥心が半端じゃない。何も反応されなければ、尚更だ。
居たたまれずまた『アレ』を取り出す。
パン!
乾いた破裂音は、ラスト1個のクラッカー。
沈黙を打ち破りたくての行動だったが、やっぱり奈央は微動だにしせず瞬き一つしやしない。
ああ、もう! と髪を搔き回し口を開く。
「だからな、お前とならクリスマスパーティーも楽しめるかと思ったんだよ。それにお前、あんま一人でいることに慣れんな!」
「⋯⋯」
羞恥塗れの俺の勇気をことごとくスルーしやがって。いつまでそうやって黙ってるつもりだ。こうなったらもう開き直りだ。
「いいからお前は俺と楽しめ! それとも何か? 文句でもあんのか?」
「あるわよ」
「っ!」
開き直りは直ぐに撃沈。身が縮こまる。
喋ったと思ったら、文句のオンパレードで俺を追い詰める気か?
何を言われるんだ、俺は。
「な、何だよ」
「さっきからうるさい。無駄にクラッカー鳴らさないでくれる?」
「奈央がいつまでも黙ってるから悪――」
話の途中なのに、奈央がいきなり立ち上がり背を向ける。
「奈央、コラッ! お前どこ行く気だ!」
立ち止まった奈央は、俺を見ずに無愛想に答えた。
「シャンパングラス、いるんでしょ?」
「へ?⋯⋯お、おぅ」
何を言われるか構えていただけに、気の抜けた声を漏らしてしまう。
全く可愛げのない女だ。ミニスカサンタとは大違いだ。俺が誘ってんだから、少しくらい喜んだっていいじゃねぇかよ。
一人悪態つきながらも自然と緩んでしまう頬は、どう頑張っても抑えることは出来なかった。