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第24話


 進学校であり勉学第一主義である我が校に於いて、担任である福島先生の今の発言は、否定的にとる先生も多く存在するだろう。

 でも、俺は違う。福島先生の独り言が俺の胸を温かくする。


「俺もそう思います。教えてやりたいです」


 フワフワする頭で、でもその頭には、しっかりと奈央の顔を思い浮かべて。虚ろな目ながらも福島先生を見据えて言えば、


「そうですよね!」


 俺の背中を遠慮なくバシッと叩いた福島先生は、パッと明るい笑みを咲かせた。


「沢谷せんせ~い! 二次会行きましょう、二次会!」


 折角、胸を温かくしたところで、横槍が入る。

 どうやら、奈央の話題に気を取られている間に、次の店が決まっていたようだ。


 一次会の居酒屋を出るなり化粧厚塗り女にしつこく誘われるが、冗談じゃない。誰が行くか。図々しく腕に纏わりつくな。


 社会人としての付き合いもここまでだ。福島先生と奈央の話をしたせいか、余計に帰りたくなって居ても立ってもいられなくなる。  

 これ以上この場に留まるのはもう止めだ。今の俺には大事にしたいものがある。こんな所で無意味な時間を消費したくはない。


「すみませんが、私はここで失礼します」


 図々しくも絡み付いてくる厚塗り女の腕を乱暴に振り払いたいところだが、ここは大人しく「すみません」と謝りを入れて、やんわり退かす。


「いいじゃないですか~。少しくらい!」


 1秒たりとも一緒にいたくない。俺が一緒にいたいと思うのは、ただ一人。


「申し訳ないですけど、結構酔ってますんで」

「じゃあ、私が送りましょうか? 足取りも危なそうですし」


 あんたに送られた方が絶対危ない、と身の危険を感じる。


「大丈夫ですから」

「いえ、そう遠慮せずに」

「本当に大丈夫です」


 遠慮してるって言うんなら、それはあんたに対する言い方だけだ。怒鳴りたいのをこうやって抑えているんだから、俺の忍耐力も大したものだ。と、自分を褒めてやりたい。


 なのに、この厚塗り女ときたら⋯⋯。


「教頭先生! 沢谷先生、二次会行かないって言うんですよ〜」


 よりによって、厄介な親父にチクリやがって。


「沢谷先生、行かないんですか?」


 直ぐ様、反応した教頭が顔をしかめながら近付いて来る。気付かれないうちに、ばっくれるつもりが台無しだ。


「はい、申し訳ありません。少し飲みすぎてしまったようで」


「若いのにねぇ。普通は最後までお供しますって言うもんだ。まあ、最近の若い人に、付き合いの大切さを諭したところで分からんでしょうけどな。私の若い頃は――」


 始まったよ、オヤジの嫌みが。時代錯誤も良いとこで、その発言が立派なアルハラだとも気付かず、クドクドと止まりそうにない。


 何が付き合いだ。その前に、今日くらい家族サービスでもしてやったらどうだ。あ、そうだった。家族に相手にされてないんだっけ。奥さんも出て行っちまったかもしんねぇしな。

 そう考えると不憫なおっさんだ。妻に逃げられ、毛髪にも逃げられ⋯⋯。


 永遠に続くかと思われる教頭の嫌味。絶対にそれカツラだろ、と疑惑の目を持ちつつ、こうして脳内で妄想した境遇を勝手に哀れみ、この時間を堪え忍ぶ。


 そんな俺に、救いの手が現れた。


「教頭先生、もうその辺でよろしいじゃないですか。折角の忘年会ですし、それに沢谷先生は他に約束があるかもしれませんよ? こんなイケメンなんですから彼女がいないわけないですしね」


 俺の哀れみ論もネタがつきかけた頃、助け舟を出してくれたのはマッチョだった。

 小指を突き立て「でしょう?」と、訊ねてくると同時。横では「本当ですか? えー、彼女いるんですか?」と騒ぐ厚塗り女。

 俺はそんなふたりに素早く答えた。偽りのない本心を。


「はい。こんな日に一人にさせたくない女がいるんで、申し訳ないですが先に上がらせていただきます」


 アイツと会えなくてもいいと思ってたがヤメだ。

 俺といると楽しいと言ったアイツ。燻る不安より、アイツと過ごす時間は間違いなく俺にとっても楽しく大事なひと時だ。ぐちゃぐちゃと考える必要なんてない。


 ――理由なんて何もいらない。


「ね、教頭先生。そういうわけですから、もう野暮なことは言わずに二次会に行きましょう。私がお供しますよ。残念ながら私には彼女がいませんしね~。ほら、沢谷先生も急いで帰って上げてください。可愛い彼女さんのとこへ!」


 マッチョ⋯⋯もとい、田村先生は教頭を宥め、まだ騒いでいる厚化粧女も引っ張って行ってくれた。

 途中、俺の方へと振り返り、暑苦しいウィンクを寄越してきたのは余計だが、とりあえずは感謝だ。

 俺は田村先生に頭を下げ背を向けると、会いたい奴の元へと駆け出した。


 イルミネーションで彩られた街は、幸せそうなカップルで溢れかえっている。

 そんな雑踏の中を足をもたつかせながら進む。


 足にくるまで酔うとは不覚だ。

 あのマッチョめ、などと悪態をつく気はもうないが、急ぎたいのに言うことを聞かない体は腹立たしい。早いとこタクシーを捕まえなければ。


 逸る気持ちに反し、覚束ない足を何とか前へと運んでいると、聞き覚えのない女の声に呼ばれる。


 声のする方を見てみると、愛想良く笑う女が寒空の下で立っていて、それに吸い寄せられるように俺はフラフラと近づいていった。


「こちらが一番人気なんですよ」


 吸い寄せられるように足を向けたのは、街頭にあるクリスマスケーキ販売。

 間違っても、目の前で愛想を振り撒いているミニスカサンタの女性に惹かれたわけじゃない。ケーキに惹かれただけだ。


 ケーキを売っているミニスカサンタが勧めるのは、ブッシュドノエル。


 アイツ喰うかな?

 でも、クリスマスって言ったら、ケーキだよな?


「それください」

「ありがとうございます。良かったら、こちらも使ってくださいね」


 おまけに付けてくれたのは、パーティー用クラッカーだ。

 どうせなら、チキンとシャンパンも買って、クリスマスパーティーらしくするか。


 そう思った俺は、ケーキを片手にあっちへフラフラ、こっちへフラフラ。千鳥足で何件かの店を渡り歩き、倍以上の時間をかけて、漸くマンションに辿り着いた。

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