「元気ないんじゃない? 何かあったの?」
「いや、別に」
呼び出した
「行くか」
「もう? 敬介君、せっかちなんだから」
弾んだ声の女には構わず会計を済ませると、バーを出て押さえていたホテルへと向かう。
これが今までの俺だと何度も自分に言い聞かせながら入った部屋で、立ち尽くした俺に女が纏わり付いてくる。
「敬介君、早く」
甘い声を出されても耳障りにしか感じないないこの女を抱く。それは、今まで何度も繰り返してきた日常の一部だ。
なのに、俺は何のためにここに来た?
聞こえてくるのは組み敷いている女の声なのに、俺の耳の奥には昨日の奈央の言葉が消えなくて、身体は反応しても決してそれだけに呑み込まれない自分がいた。
寧ろ頭は鮮明となり満たされることなく虚しさだけに襲われ、やがてそれは苛立ちへと変わった。
女を抱くって、こんなにもつまらないものだったか?
俺の首に絡みつき顔を歪ませる女を目にいれたくなくて、イラツキを当り散らすようにうつ伏せにして女を抱いた。
事が済んだ俺に残されたのは、虚脱感と新たな不安だけ。
アイツ、メシ喰ったかな。
場違いな場所でバカみたいに奈央の顔が浮んでは消え、消えては浮ぶ。
アイツはちゃんと家にいんのか?
俺みたいにバカな男の元へと行ってないだろうな。
それは、考えれば考えるほど不安へと繋がった。
結局、奈央との時間を知ってしまった俺は、女と過ごしたって何も変われやしなかった。今までと同じ感覚に戻れるはずなかったんだ。こんな空虚の時間なんかじゃなく、居心地の良い時の過ごし方を知っちまったんだから。
俺が変わることが怖かったんじゃない。俺はきっと――――。
「帰るわ」
横たわったままの女に背を向け、一言告げる。
「え、どうして? まだいいじゃない」
「悪い」
それだけ言って背を向けた俺に女の声が追いかけて来る。
「敬介君、今度はいつ会える?」
「次はない」
「え?」
「こういう関係は、もう終わりにしたい。すまない」
「敬介君、いつからそんなつまんない男になっちゃったの?」
奈央を知ったからだよ、と声に乗せずに答えを導き出す。
「遊ぶんなら別の男探せ。じゃあな」
直ぐにでもこの場所から立ち去りたくて、何かまだ言ってる女を振り返りもせず、速度を上げた足取りでホテルを出た。
ひと目で良い。会って奈央の顔を見たい。
その一心で行き交う人々の中を足早に進み、彩られた夜の街の景色にも目をくれず、流れのタクシーを捕まえ乗り込む。
時刻は、あと数分で23時になろうとしている。まだ奈央が寝る時間じゃない。寝る時間じゃないが、常識的に考えて他人の家を訪れて良い時間でもない。そう分かっていながら、この衝動を止められなかった。
何よりも、アイツが部屋にいるかどうか。それだけが気掛かりだった。
本当に身勝手な願望だ。外に行けと言ったり、行くなと思ったり。寂しくても我慢して、部屋にいて欲しいだなんて望んでしまう。
「運転手さん、もっと急いでもらえますか?」
今更焦ったってしょうがないのに、逸る気持ちは抑えが利かない。
さほど遠い道のりではないはずなのに、やけに長く車に揺られている気がして、気分まで悪くなってきそうだ。
やっと周りが見慣れた風景へと変わりタクシーが停まると、握り締めていた札を差し出し、釣りも貰わず開いたドアから飛び出した。
けれど、降り立ったその場所から俺の足は動かせなくなった。
タクシーから降りた俺を待ち受けていたのは、体の芯まで突き刺す北風と、そして――――。
暗闇の向こうから歩いてくる奈央の姿だった。