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第19話


 抗議の罵りを内に隠して平然を取り繕う俺に、奈央が訊く。


「先生、美味しいでしょう?」


 お前、自分じゃ外面仕様の天使の微笑を作っているつもりだろうが、俺には見える。いや、そうとしか見えない。どっからどう見ても小悪魔の笑みだ。何なら悪魔と言ってもいい。


「美味しくないですか?」


 直ぐに返事が出来ないでいる正直者の俺を、奈央が覗き込んで顔色を窺ってくる。


「⋯⋯いや⋯⋯旨いよ」


「本当に?」


「⋯⋯あぁ」


「良かった! 先生、怒ってるように見えたから。私が勧めてしまったのに、お口に合わなかったらどうしようかと心配しちゃいました」


 怒ってるように見えただと? だとしたらそれは正解だ。わざと俺を嵌めやがって!


 そうは思っても、


「旨いし、怒るはずないだろ、こんなことで」


 教師としてここにいる今「てめっ、ふざけんなぁ!」と、みんなの前で奈央を怒鳴りつけるわけにはいかない。


「そうですよね。こんなことくらいで怒りませんよね。すみません、変なこと言って」


「水野さん、心配しなくても大丈夫だって! この特製カレーだよ? みんながみんな、美味しいって言うに決まってるじゃん!」


 奈央を援護する他の生徒。その生徒の言う通りだろう。確かに美味しく感じるだろうよ、普段ならば。

 でもな。俺は当分カレーは食うどころか見たくもねぇんだよ。誰かさんが大量に作ったせいで!


 やっとカレー地獄から解放されたと思ったのに、なんだこの仕打ちは。俺を騙した張本人はサラダで済ませているところが、これまた腹立たしい。


 貴重な昼休みだっていうのに、スムーズに喉を通らないカレーと話好きな女子たちに囲まれた、罰ゲームにも等しい状況。どうしてこうも悪戦苦闘しなきゃなんねぇんだ? と、心でひっそり毒づく俺に、生徒たちはどこまでも暢気に話掛けてくる。


「先生って彼女いるんだよね? どんな人? いくつ?」


 食べるか喋るかどっちかにすればいいものを。どいつもこいつも奈央以外は目を爛々と輝かせやがって。


「秘密」

「「「「えーっ、ケチ!」」」」


 ケチとかの問題じゃない。

 そりゃ、副担になった初日に彼女がいるとは言ったが、特定の奴がいるわけでもなし、バカ正直に答えられるか。


「どんな感じの女の人か気になるよね~」


 諦めの悪い奴等だ。


 それからも、しつこいまでに追求され、聞こえない振りと曖昧に濁し続けた俺。しかし、どんなにはぐらかしてもめげないどころか、ついには奈央まで便乗し、


「まさか、先生って何人も彼女がいたりして?」


 などと、爆弾を投下してきたりするもんだから、堪ったもんじゃない。


 知っていながらお前は、どこまで俺を甚振るつもりなんだ。


「⋯⋯そんなわけあるはずないだろ」


 否定するしかない俺に「そうですよね。そんなはずありませんよね」とニッコリ笑みを貼りつける小悪魔。


 そんな小悪魔娘プラス、女子高生と言う名の俺から見れば理解不能な異星人4人相手に、俺の昼休みは奪われていく。


 しまいには、大して喋ってもいないのに、食事を一緒にしただけで親しみを覚えたらしい奴等は、


「敬介先生、また一緒にランチしようね~」


 と、二度とゴメンだと決意する俺を無邪気に誘ってくる。


「こら、名前で呼ぶな! 名前で!」


 奈央をチラ見する。涼しい顔してアイスコーヒーなんか飲んでいるがな、お前にも言ってんだよ。当たり前のように呼び捨てにするお前にも!


「いいじゃん、さわっち!」


 名前で呼ばない代わりに、新たな呼び名をつける異星人1号。


「それいいね! いいよね? さわっち!」


 確認しながら既に呼んでいる異星人2号。


「「さわっち!」」


 意味もなく声を上げハモる3号4号。


 もう、いい加減にしてくれ。気持ち悪い呼び方すんな! 馴れ馴れしくされるのはごめんだ。


「沢谷先生と呼びなさい! 沢谷先生と!」


 毅然とした態度を取らねばならない。これ以上、ガキ共に舐められてたまるか。こっちはな、奈央だけで手一杯なんだよ!




 ――その日の夜。


 わざとカレーを食べさせた奈央に一言文句をつけると、


「怒ってたら謝ろうと思ったのに、怒ってないって言ってなかったっけ?」


 謝るつもりなんて露ほどもないくせして平然と言いやがる。


「俺をからかって遊ぶな!」

「⋯⋯悪かったわよ、ごめんね」


 何だこれは、嵐の前触れか?


 珍しいことにしおらしく謝罪する奈央に、一体何がどうしたと、困惑と警戒心を強めた俺の眉間には、自然と皺が寄る。


「いや、まぁ別に良いんだけどよ。お前が素直だと気味悪いし」


「反省したの。少しは言うこと聞かないとね。ごめんなさい――――さわっち」


「っ!」


 さ、さわっちだと!?


 突如現れた異星人5号に、急速に気持ちが萎れていく。


「その呼び方は止めろ」


「だって、名前で呼んじゃいけないんでしょ? あの時、さわっち私のこと見ながら言ってたじゃない」


「⋯⋯⋯⋯いや、いいです。今まで通りで」


 さわっちと呼ぶ異星人に翻弄され敬語になる俺。

 すっかり威勢を失くした俺を見て「そこまで言うなら名前で呼んでやってもいいけどね」と、小悪魔はどこまでも偉そうだった。


 そんな小悪魔奈央に、


「敬介の淹れたコーヒーが飲みたい」


 なんて言われれば、ほいほいキッチンへと向かい用意をする俺って一体⋯⋯。


 それでも「敬介のコーヒーって、本当に美味しい」って喜ばれれば、満更じゃないんだからどうしようもない。


 何だかんだ言って、俺は奈央との時間を楽しんでいた。奈央といると飽きない。


 それと同時に、俺の中では少しずつ不安が芽生え始めていた。

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