抗議の罵りを内に隠して平然を取り繕う俺に、奈央が訊く。
「先生、美味しいでしょう?」
お前、自分じゃ外面仕様の天使の微笑を作っているつもりだろうが、俺には見える。いや、そうとしか見えない。どっからどう見ても小悪魔の笑みだ。何なら悪魔と言ってもいい。
「美味しくないですか?」
直ぐに返事が出来ないでいる正直者の俺を、奈央が覗き込んで顔色を窺ってくる。
「⋯⋯いや⋯⋯旨いよ」
「本当に?」
「⋯⋯あぁ」
「良かった! 先生、怒ってるように見えたから。私が勧めてしまったのに、お口に合わなかったらどうしようかと心配しちゃいました」
怒ってるように見えただと? だとしたらそれは正解だ。わざと俺を嵌めやがって!
そうは思っても、
「旨いし、怒るはずないだろ、こんなことで」
教師としてここにいる今「てめっ、ふざけんなぁ!」と、みんなの前で奈央を怒鳴りつけるわけにはいかない。
「そうですよね。こんなことくらいで怒りませんよね。すみません、変なこと言って」
「水野さん、心配しなくても大丈夫だって! この特製カレーだよ? みんながみんな、美味しいって言うに決まってるじゃん!」
奈央を援護する他の生徒。その生徒の言う通りだろう。確かに美味しく感じるだろうよ、普段ならば。
でもな。俺は当分カレーは食うどころか見たくもねぇんだよ。誰かさんが大量に作ったせいで!
やっとカレー地獄から解放されたと思ったのに、なんだこの仕打ちは。俺を騙した張本人はサラダで済ませているところが、これまた腹立たしい。
貴重な昼休みだっていうのに、スムーズに喉を通らないカレーと話好きな女子たちに囲まれた、罰ゲームにも等しい状況。どうしてこうも悪戦苦闘しなきゃなんねぇんだ? と、心でひっそり毒づく俺に、生徒たちはどこまでも暢気に話掛けてくる。
「先生って彼女いるんだよね? どんな人? いくつ?」
食べるか喋るかどっちかにすればいいものを。どいつもこいつも奈央以外は目を爛々と輝かせやがって。
「秘密」
「「「「えーっ、ケチ!」」」」
ケチとかの問題じゃない。
そりゃ、副担になった初日に彼女がいるとは言ったが、特定の奴がいるわけでもなし、バカ正直に答えられるか。
「どんな感じの女の人か気になるよね~」
諦めの悪い奴等だ。
それからも、しつこいまでに追求され、聞こえない振りと曖昧に濁し続けた俺。しかし、どんなにはぐらかしてもめげないどころか、ついには奈央まで便乗し、
「まさか、先生って何人も彼女がいたりして?」
などと、爆弾を投下してきたりするもんだから、堪ったもんじゃない。
知っていながらお前は、どこまで俺を甚振るつもりなんだ。
「⋯⋯そんなわけあるはずないだろ」
否定するしかない俺に「そうですよね。そんなはずありませんよね」とニッコリ笑みを貼りつける小悪魔。
そんな小悪魔娘プラス、女子高生と言う名の俺から見れば理解不能な異星人4人相手に、俺の昼休みは奪われていく。
しまいには、大して喋ってもいないのに、食事を一緒にしただけで親しみを覚えたらしい奴等は、
「敬介先生、また一緒にランチしようね~」
と、二度とゴメンだと決意する俺を無邪気に誘ってくる。
「こら、名前で呼ぶな! 名前で!」
奈央をチラ見する。涼しい顔してアイスコーヒーなんか飲んでいるがな、お前にも言ってんだよ。当たり前のように呼び捨てにするお前にも!
「いいじゃん、さわっち!」
名前で呼ばない代わりに、新たな呼び名をつける異星人1号。
「それいいね! いいよね? さわっち!」
確認しながら既に呼んでいる異星人2号。
「「さわっち!」」
意味もなく声を上げハモる3号4号。
もう、いい加減にしてくれ。気持ち悪い呼び方すんな! 馴れ馴れしくされるのはごめんだ。
「沢谷先生と呼びなさい! 沢谷先生と!」
毅然とした態度を取らねばならない。これ以上、ガキ共に舐められてたまるか。こっちはな、奈央だけで手一杯なんだよ!
――その日の夜。
わざとカレーを食べさせた奈央に一言文句をつけると、
「怒ってたら謝ろうと思ったのに、怒ってないって言ってなかったっけ?」
謝るつもりなんて露ほどもないくせして平然と言いやがる。
「俺をからかって遊ぶな!」
「⋯⋯悪かったわよ、ごめんね」
何だこれは、嵐の前触れか?
珍しいことにしおらしく謝罪する奈央に、一体何がどうしたと、困惑と警戒心を強めた俺の眉間には、自然と皺が寄る。
「いや、まぁ別に良いんだけどよ。お前が素直だと気味悪いし」
「反省したの。少しは言うこと聞かないとね。ごめんなさい――――さわっち」
「っ!」
さ、さわっちだと!?
突如現れた異星人5号に、急速に気持ちが萎れていく。
「その呼び方は止めろ」
「だって、名前で呼んじゃいけないんでしょ? あの時、さわっち私のこと見ながら言ってたじゃない」
「⋯⋯⋯⋯いや、いいです。今まで通りで」
さわっちと呼ぶ異星人に翻弄され敬語になる俺。
すっかり威勢を失くした俺を見て「そこまで言うなら名前で呼んでやってもいいけどね」と、小悪魔はどこまでも偉そうだった。
そんな小悪魔奈央に、
「敬介の淹れたコーヒーが飲みたい」
なんて言われれば、ほいほいキッチンへと向かい用意をする俺って一体⋯⋯。
それでも「敬介のコーヒーって、本当に美味しい」って喜ばれれば、満更じゃないんだからどうしようもない。
何だかんだ言って、俺は奈央との時間を楽しんでいた。奈央といると飽きない。
それと同時に、俺の中では少しずつ不安が芽生え始めていた。