今日一日登校すれば明日からは試験休み。次に来るのは終業式で、今度は冬休みへと突入する。
試験から解放された生徒たちは、テスト前とは打って変わってテンションが高く、他のクラスで午前の授業を終えた俺は、集中力を欠いた生徒たちを相手に既にぐったりだ。
そんな疲労を押し隠し、職員室に戻ろうとした途中だった。こちらへと歩みを進める、やたら騒がしい一団が目に留まったのは。
それは昨日、奈央とその周りにいた女子生徒たちだった。
勿論、奈央はガヤガヤと騒いじゃいない。口元に綺麗な弧を描き微笑を湛えいるだけ。でもきっと、内心では『うるさい』と、ぼやいているに違いない。
お気の毒に、頑張れよ。なんて心でエールを送りながら、その集団とすれ違った――――はずなんだが。
「沢谷せんせーい!」
耳を
振り返ると、奈央を除いた4人の女子生徒たちがバタバタと駆け寄り、俺との距離を一気に縮めてきた。
気付いた時には、両腕をそれぞれ別の生徒に捕らえられ「一緒に学食でランチしようよ!」と、誘う声まで喧しい。
普段なら、適当に誤魔化し、やんわり断りを入れる。折角の昼休みまで、大勢の生徒たちに囲まれ時間を潰されるなんて冗談じゃないし、生徒がうようよいる学食での昼食だなんて、絶対に頼まれたって行かない。なのに。
ゆっくりと近付いて来たアイツの一言で、俺はあっさり意思を覆すことになる。
「先生、一緒に行きませんか?」
綺麗な顔立ちで、極上の笑みを浮かべた奈央が俺を誘う。
その笑顔の下に隠している小悪魔奈央が『楽しい』と言った昨夜の言葉を思い出し、今のこの笑顔は作りもんだとしても、昨夜の言葉に嘘はなかった気がして、
「たまには行ってみるか」
無意識に口元を緩ませ、気付けばそう言ってしまっていた。
──それにしても煩すぎる。
予定外にやって来てしまった学食は、予想以上に騒々しかった。
それもそのはずで。金持ちの子息令嬢も多いと言われている我が校の学食に於いて、月に一度だけ、有名な某ホテルの人気メニューが味わえるらしく、その日が今日だったというわけだ。早くしないと売り切れになるほどの人気らしい。
それでなくても休み前で落ち着きをなくしてる奴等なのに、食欲旺盛な男子生徒を始め、我先にとばかりに忙しなく口を動かしながら学食へと駆け込んで来る生徒ばかりなのだから、煩くないはずがない。
「先生と水野さんも、特別メニューでいい? チケット買ってきてあげるよ! あっち混んでるし、代わりに席確保しておいて!」
女子生徒の一人が指す“あっち”を見ると、その月に一度とやらのメニューチケットの所だけ、既に行列が出来ていた。
「すげぇ人気だな」
「はい。先生も一度食べてみた方がいいですよ?」
ポツリ呟く俺に、家では考えられないくらい優しい口調で奈央が教えてくれる。
奈央が勧めんなら、その月一メニューにしてみるか。
行列を目の当たりにし並ぶのが億劫になった俺は、女子生徒の好意に甘えて、お金を渡しチケットを頼んだ。
「水野さんはどうする?」
「私は、食欲ないから別メニューにしとく」
食欲がない? 昨夜はラーメンをパクパク喰ってたよな?
「水野、どこか具合悪いのか?」
女子生徒が行列の方へ走っていくと、すかさず奈央に尋ねる。
「いえ、大したことありません。ただ、胃が受け付けないだけなんで」
胃腸の調子が悪いのか? 顔色は悪くなさそうだが、またぶり返したんじゃないだろうな。
そんな俺の心配を余所に、空いてる席を探してどんどんと歩みを進めていく奈央。
その華奢な後ろ姿を見つめては心配の種を膨らます俺は、他の生徒もいる手前、必要以上に聞くことも出来ず、黙って後ろを付いて歩くしかなかった。
――――だが、それから十分後。
全員の飯が揃って目の前に置かれた瞬間。心配は見事に霧散し、代わりに俺は、胸の内で抗議の声を荒らげた。
そりゃ、胃も受け付けないだろうよ!
俺だって受け付けたかねぇんだよ!