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第17話

 確かに柏木は、俺の教える標準コースにいる。

 だけれども、そんなにもハッキリと、俺の繊細な心を抉らなくても良いんじゃないだろうか。


「だってあの子、他の成績はいいんでしょ?」


「お、お、俺はこう見えてもだな、授業は丁寧に教えてる」


「あれ? 敬介、もしかして傷付いちゃった?」


「うるせぇ。傷ついてねぇよ」


「そう? そうだ。冬の講習、敬介の授業選択してみよっかな」


「絶対来んなっ!」


 長期の休みになると教師による講習が色々と組まれ、強制的な場合もあるが、基本的には生徒が自由に選択し参加出来る仕組みになっている。


「私が採点してあげようか? 沢谷先生の指導力」


「からかいに来るだけだろうが。嫌がらせは止めろ」


「親切心で言ってあげてるのに」


「奈央に親切心があるとは思えねぇな。クラスメイトの顔だって直ぐに思い浮かばなければ、そいつの心配だってしないくせに」


「心配したって、どうにもならないこともあるじゃない。それに試験だっていうのに感情に流されるなんて、私には分からない」


 まぁ、お前ならそうかもしんねぇけど。そう思う傍らで、だったらどうして? と疑問が浮かぶ。


「奈央だって、ボッーと窓の外見てただろ」


 奈央はラーメンを食べながら、チラリと俺を見る。


「柏木さんだけじゃ飽き足らず、私にも見惚れてたとか?」


「見惚れるか、アホ! バカ面してるお前がたまたま目に入っただけだっ!」


「ムキになっちゃって、子供みたい」


 子供に子供扱いされたくねぇんだよ! 


 全くコイツは、俺を逆撫でさせる天才だ。


「ムキになんかなってねぇよ! お前が自惚れたこと言ってるから、訂正してるだけだ!」


「ま、どうでもいいけどね。ただ、何を勘違いしてるか知らないけど、公式を頭に叩き込んでただけだから。ボーッともしてなければバカ面もしてない」


「ふん、だったらさぞかしテストは良く出来たんだろうな」


 俺が心配してやったっていうのに、顎をツンと持ち上げた奈央は、口元に不敵な笑みを作る。


「完璧に決まってんでしょ」


 ──可愛くねぇ。全くもって可愛くねぇ!


「そりゃ結果が楽しみだな」

「心配は要らないから。良かったね、出来の良い生徒を受け持って」


 出来が良いだと?

 一体、どこがだ、誰がだ!


「お前みたいな生徒、扱いづらくてしょうがねぇよ。全く、お前と話してると俺はメチャクチャ疲れる」

「あー、美味しかった。どうもご馳走様でした」


 俺の文句を華麗に無視した奈央は、行儀良く手を合わせると、どんぶりを持って立ち上がった。


「お前は少し人の話を──」

「私は敬介と話すの、楽だし楽しいけど」


 不意打ちに奈央がサラリと言う。


    うん!?

 楽しい、って言ったのか?⋯⋯言ったよな。


 奈央の言葉に驚き、俺の鼓動がドクンと波打つ。


 鼓動の意味が分からなくて、考えたくなくて。そこから意識を外すように、のびかけの麺を勢い良く啜った。


 キッチンへと消えて行った奈央が戻ってくる前に、可笑しな自分を悟られないように。ひたすら食べ続けたラーメンの味は、もう旨いのかさえ分からなかった。

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