確かに柏木は、俺の教える標準コースにいる。
だけれども、そんなにもハッキリと、俺の繊細な心を抉らなくても良いんじゃないだろうか。
「だってあの子、他の成績はいいんでしょ?」
「お、お、俺はこう見えてもだな、授業は丁寧に教えてる」
「あれ? 敬介、もしかして傷付いちゃった?」
「うるせぇ。傷ついてねぇよ」
「そう? そうだ。冬の講習、敬介の授業選択してみよっかな」
「絶対来んなっ!」
長期の休みになると教師による講習が色々と組まれ、強制的な場合もあるが、基本的には生徒が自由に選択し参加出来る仕組みになっている。
「私が採点してあげようか? 沢谷先生の指導力」
「からかいに来るだけだろうが。嫌がらせは止めろ」
「親切心で言ってあげてるのに」
「奈央に親切心があるとは思えねぇな。クラスメイトの顔だって直ぐに思い浮かばなければ、そいつの心配だってしないくせに」
「心配したって、どうにもならないこともあるじゃない。それに試験だっていうのに感情に流されるなんて、私には分からない」
まぁ、お前ならそうかもしんねぇけど。そう思う傍らで、だったらどうして? と疑問が浮かぶ。
「奈央だって、ボッーと窓の外見てただろ」
奈央はラーメンを食べながら、チラリと俺を見る。
「柏木さんだけじゃ飽き足らず、私にも見惚れてたとか?」
「見惚れるか、アホ! バカ面してるお前がたまたま目に入っただけだっ!」
「ムキになっちゃって、子供みたい」
子供に子供扱いされたくねぇんだよ!
全くコイツは、俺を逆撫でさせる天才だ。
「ムキになんかなってねぇよ! お前が自惚れたこと言ってるから、訂正してるだけだ!」
「ま、どうでもいいけどね。ただ、何を勘違いしてるか知らないけど、公式を頭に叩き込んでただけだから。ボーッともしてなければバカ面もしてない」
「ふん、だったらさぞかしテストは良く出来たんだろうな」
俺が心配してやったっていうのに、顎をツンと持ち上げた奈央は、口元に不敵な笑みを作る。
「完璧に決まってんでしょ」
──可愛くねぇ。全くもって可愛くねぇ!
「そりゃ結果が楽しみだな」
「心配は要らないから。良かったね、出来の良い生徒を受け持って」
出来が良いだと?
一体、どこがだ、誰がだ!
「お前みたいな生徒、扱いづらくてしょうがねぇよ。全く、お前と話してると俺はメチャクチャ疲れる」
「あー、美味しかった。どうもご馳走様でした」
俺の文句を華麗に無視した奈央は、行儀良く手を合わせると、どんぶりを持って立ち上がった。
「お前は少し人の話を──」
「私は敬介と話すの、楽だし楽しいけど」
不意打ちに奈央がサラリと言う。
うん!?
楽しい、って言ったのか?⋯⋯言ったよな。
奈央の言葉に驚き、俺の鼓動がドクンと波打つ。
鼓動の意味が分からなくて、考えたくなくて。そこから意識を外すように、のびかけの麺を勢い良く啜った。
キッチンへと消えて行った奈央が戻ってくる前に、可笑しな自分を悟られないように。ひたすら食べ続けたラーメンの味は、もう旨いのかさえ分からなかった。