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第16話

 向かい合ってラーメンをすする俺たち。今夜は俺の部屋に奈央を呼んでの食事だ。


「美味しい。敬介、教師辞めてラーメン屋でも開けば?」

「俺にラーメン屋なんて似合うと思うか?」

「教師だって十分似合ってないけど」


 奈央の辛口発言にも慣れてきた俺は、隣人だと判明したあの日から、連日奈央と一緒に夕飯を摂るようになっていた。


 そもそもが、あのカレーのせいだ。

 昨夜、やっとその飽き飽きしていたカレーもなくなり、いい加減さっぱりしたものが食べたくなった俺は、前に大量に作り置きし冷凍にしておいた鶏がらスープでラーメンを作ることにした。


 カレーもなくなったことだし一緒に食事を摂る理由は、もうない。だが、試験も今日で全て終わり、流石のアイツも疲れているだろうと思うと、夕飯を作る手間を省かせてやりたくて、思わず奈央を誘ってしまった。


 初日に、テストが出来たか訊ねた俺に、『何とか』と遠慮がちに答えた奈央だ。もしかすると、いつもより出来なかったんじゃないかと、心配する気持ちもあった。それ以来、テストの出来を訊くのは躊躇われ、その程度には奈央を気に掛けていた。


 見た目、落ち込んだ様子もなければ、変わったところもないが⋯⋯。この調子なら、テストの話題に触れても大丈夫だろうか。


 恐る恐る、奈央の顔色を伺いながら口を開いた。


「今回のテスト、全教科、結構難しかったみたいだな。出来なくても仕方ないって言うか⋯⋯、あれじゃ大変だったよな?」


 箸を持つ奈央の手がピタリと止まり、俺を見る。


「その言葉、私に言ってるの?」


 他に誰がいる。この部屋には俺とおまえの二人きりだ。


「そりゃそうだろ」

「私のこと心配してるとか?」


 憎たらしくニヤッと笑うその顔に、素直にそうだとは言いたくはない。


「別にお前限定で心配してるわけじゃねぇからな。俺は副担としてだな、生徒を気遣ってるだけだ」

「ふーん、副担としてねぇ」


 まるで信じていない奈央に、取って付けたように柏木を例に出す。


「柏木も元気なかったしよ。俺でも生徒を心配することぐらいあんだよ」

「かし⋯⋯わぎ?」


 おい、目線を上に向けて考えるのは止めろ。お前のクラスメイトだろうが。顔ぐらいしっかり覚えといてやれ。


「⋯⋯あぁ、あの子か」


 薄情な小娘は、やっと思い出したようだ。


「へぇー、敬介、ああいう子が好みなんだ」


「そうじゃねぇよ!」


「いいよ、照れなくても。大丈夫、誰にも言わないから安心して」


「違うって言ってんだろ! 俺の好みはどっちかって言うと⋯⋯」


 そこまで言って、慌てて言葉を飲み込んだ。

 どっちかって言うと、奈央みたいに綺麗系な顔がタイプだ、と思わず言いそうになり、内心慌てふためく。


 別に奈央がじゃない! 奈央みたいな、ってことだ! 例えだ、例え!


 ひたすら自分に言い訳し捲くるほどに動揺しているらしい。


「で、その言葉の続きは?」


「何でこの俺が、お前なんかに好みのタイプ教えなくちゃならねぇんだよ」


「勝手に言おうとしたのは敬介じゃない」


「いいんだよ、そんな話は!」


 こうなったら強引に話を終わらせようとしたが。


「どうせ好みなんてないでしょ。来るもの拒まず、女なら誰でもオッケーみたいな」


 奈央が呆気ないほど、あっさり話を片付けた。

 最低な男として位置づけられ、深く追求されなかったことを喜べば良いのか、嘆けば良いのか。⋯⋯複雑だ。

 しかし、この際もうどっちでもいい。どうせずっと最低な目で見られているんだ。今更だ。


「話を脱線させんな。とにかく、俺だって生徒を気にすることだってあんの。柏木はいつも明るい奴だし」

「男のことでも考えてたんじゃないの?」


 奈央は、止まっていた手をまた動かし、ラーメンを啜りながら興味なさ気に話す。


「あっさり言うなよ」

「そんなんじゃ、今回の成績は圏外かもね」


 俺の注意には耳も貸さず、またしてもあっさりと言い放つ。

 うちの学校では、毎回テストの成績上位者20位までの名が掲示板に貼り出される。柏木もそこに名を連ねることが多い。


「いつもは数学だけが足を引っ張ってるけど、今回はあの調子だと他の教科も怪しいかもな」


「ふーん、数学苦手なんだ」


「あ、他の奴に言うんじゃねぇぞ」


「言わないけど。でもさ、それって敬介の教え方が悪いからなんじゃないの?」


 ⋯⋯うっ、こいつ。


 辛辣な指摘が俺の胸を撃ち抜いた。

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