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第15話


 1日目の試験が終わりSHRのために教室へ入ると、担任の福島先生がまだ来ていないせいか、教室はガヤガヤと騒がしかった。俺が入って来たって誰も気にも掛けやしない。


 奈央も、数人の女子生徒に囲まれ穏やかに笑っていた。奈央を中心に、テストの答え合わせでもしているのだろう。時折、その中にいる女子生徒の喚く声と、気分を浮上させるには困難を極めそうな絶望的な声が漏れ聞こえて来る。


 奈央は不思議な奴だ。決してその素顔を晒さないのに、アイツの周りには何故か人が寄って来る。あれだけのルックスと頭が良けりゃ、普通なら他の女子のやっかみや妬みの被害にあっても可笑しくないのに、どう言うわけか奈央はそう言う目で見られない。


 同学年に限らず、後輩からも羨望の眼差しを向けられ、憧れている奴も多いと聞く。言い寄る男は全てぶった切って、男に媚びないからかもしれない。


 猫撫で声を出すわけでもなく、可愛い仕草を作ってわざとらしく見せるわけでもない。

 そりゃ、根があんなんだから、基本的にそんな真似は出来ないのだろうが。


 余計なことは話さずとも適当に相槌を打ち微笑んでりゃ、周りが勝手に想像し話を盛り上げていく。そんな感じで周りとの関係が上手くいっているのだろう。


 天使の微笑みの下には、小悪魔な笑みがあるなど誰も知らずに⋯⋯。


 それを知ってるのは俺だけか。と、一人ほくそ笑みながら奈央を頼って集まっているだろう、その輪の中へと入って行った。


「どうだ~。テストは出来たか?」


 近付いた俺に素早く反応する女子生徒たち。

 ひな鳥の如く、ピーチクパーチク、ギャーギャーワーワーと、忙しなく口を動かし甲高い声で喋り捲くる。


 ──ここに来たのは間違いだったか。


 そう思ってももう遅い。俺が数学教師だと言うことも忘れ、他の教科の問題まで質問攻めに合ってしまう。


 微笑んでいる奈央を尻目に、あーでもないこーでもないと、その口を止めるつもりはないらしい女子生徒を相手に、何とかそれを落ち着かせると奈央へと声を掛けた。


「水野はどうだった?」

「何とか出来ました」


 遠慮がちに答える奈央。


「具合はもう大丈夫なのか?」


 続けて俺がそう尋ねると、アイツの笑みが一瞬ニヤリと大きくなった気がした。


「先生、私が具合悪かったなんて良く分かりましたね。誰にも言ってなかったのに」

「⋯⋯」


 ──小悪魔降臨か? 俺を陥れる気か?


「えーっ、水野さん具合悪かったの? 大丈夫?」


 心配する女子生徒に「うん、もう平気」と微笑み、俺にまで、


「先生って、生徒のこと本当に良く見てくれてるんですね」


 白々しいにも程がある満面の笑みだ。


 それが看病してやった俺に対する態度か?

 しかも、言った後で胸元をチラリとわざとらしく見てんじゃねぇよ。俺は、お前の出てるとこ見てたわけじゃねぇ。あの夜のアクシデントを、嫌みったらしくこんなところで態度で示しやがって!


 思わず、「見てねぇよ」と吐き捨てた俺の言葉は、同時に「席に着きなさーい」と、デカイ声で入って来た福島先生の声のお蔭で掻き消された。


 慌しく自分の席に戻る生徒たち。誰にも気付かれないように奈央を軽く睨むと、アイツは口元を動かした。


『エロ教師』


 赤く色づいた可愛らしい唇は、憎たらしい科白を声に乗せずに俺に告げてくる。


 ――この小悪魔め。学校内での取り扱いには、充分注意が必要だ。

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