鉄扇で矢を振り払いながら弁慶の側に寄ったナミが、バズより受けたハンマーを叩くと、敵の動きに隙が空く。そこを狙って弁慶も踵を返し船へと走る。
(この娘も中々に面白い……)
矢が降る中、軽やかに駆けて来る胆力に弁慶も見惚れてしまう。
「行きます」
ボートは大型パワーカイトが引っ張る。超微風から強風まであらゆるウィンドレンジに対応しているのが現代カイト。藍の技術がみんなを助ける。
衣川の関を越える。それは支配からの脱出……誰が決めたか分からないルールの全てを納得して始めた人生ではないのに、従わなければならない世俗。
3000円/1ホールのケーキしか作れない陸上世界記録を持つ不器用なパティシエは、足を怪我したのならもう、生きていくには厳しい世界線しか残されていないのであろうか……。
この関を越えたのなら、源氏であるとか、平氏だとか、草薙剣だとか、過去のレッテルを何もかもリセットできる……。
そこには……黒服の小太り中年男が一人立っていた。
「あんたは……」
「あれ……?」
「どっかでお会いしましたっけ?」
そこにはあの『江川空白の1日』のとき、飛行機内で出会ったあの小太り中年男がいたのだ。
(こいつ、シーカーだったのか……)
もう1組のシーカーはきっとこいつのことだ、デンちゃんパーティ、イイネ様パーティはそれを悟る。
「クエスト達成ですね、おめでとうございます」
脇を抜けるイイネ様にニヤリと微笑む表情は気持ち悪いの一言。何を企んでいるのか……。義経陣営は平泉の追っ手を撒いたことへの歓喜に溺れていて、
この男に警戒心が薄れている。弁慶でさえも、である。それほどこの小太りの中年男には殺気がない。
「義経様に目通りしたい。取り次いでもらえないだろうか?」
(気を付けな……こいつは『反主流派』かもしれないよ)
イイネ様が小声で忠告する。
小太り中年男は『もちろん危害を加えるつもりはない、私も祝福の握手をしたいだけだ』という。この台詞の方がナミたちの警戒心を逆撫でしている。イイネ様の忠告がそれを支える。
「デン、ラン、そしてナミと他3名。そちたちのお陰で助かった……あそこで郷共々果てていたのなら、この景色を見ることはできなかった」
遠く視界は開けている。はるか北に120キロ、岩手山を臨むばかりである。まずはあの山を目指す、その向こうの海を越えたのなら、この遮蔽物のない広がりを感じさせる解放感が、希望をもう一度見せてくれる。
1180年、秀衡が止めるのを振り切り頼朝の下へと、ここ平泉を飛び出して僅か9年……あのとき横に居た佐藤兄弟はもういない。それでも9年前と同じように、もう一度ここから出て始まる人生に気持ちが踊る。義経の小さな身体では閉じ込めてはいられない程に。
「して、そこに控えるのは誰だ?」
小太りの中年男が控えている。彼の名は
ナミたちも『歴史がシーカーの殺人を抑止している』ことから仲介を受け持ち、様子を窺っている。
「義経様に脱出の祝辞を、とのことですが……」
『握手を』というのはフランス人の血であろうか? この頃の日本に握手の文化はない。『手に武器を持っていない』ことを示す握手は友好の行為ではあるが、手を握り合う距離に踏み入れさせるには親交が足りていない。
「義経様、この度の衣川越え、誠に御見それいたしました。私目は預言者でございます。義経様は今後、蝦夷地を収めるか、大陸に渡り帝国を築き上げ再起なさるか……お手を拝見させていただきたく、よろしいでしょうか?」
義経がそれを許したのなら、仁は義経の側まで寄ると手を取る。ナミたちの警戒の中、義経から光る球が飛び出した。