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第41話 弁慶Ⅰ

 秀衡の後を継いだのは次男、泰衡だった。秀衡の遺言である『兄弟力を合わせて、義経殿を旗頭として戦うのだ』という言葉よりも頼朝の圧力に負けた泰衡は、義経討伐を決意した。


「……来るぞ……」


 風で火が揺れた……変化を呼ぶ風だ。義経は立ち上がると傍らの弁慶に伝える。


「中で読経する、邪魔するな。弁慶! 終いまで守れ」


 高館に入る義経は弁慶にそう言った。13年……五条大橋の出会いから苦楽を共にして13年が経っていた。この舘を任せられるのは弁慶の他を置いている訳がない。

 一方で弁慶にはそう言ったものの、同じく控えている備前平四郎にはこう言った。


「平四郎、他の者たちは立ち去ったがよい。これまでの付き添いかたじけない。ここまでだ」


 敵は数百騎、死ぬ必要はない、ということだ。遠くの喚声が近寄ってくるのが分かる。


「弁慶よ、一つ間違えておった……お主とは何度生まれ変わっても巡り会おうぞ」


 言い捨てて妻子の待つ舘へ踏み出す一歩に、待ったをかけたのは藍。デンちゃんと強く頷き合う、デンちゃんは藍に義経の運命を託した。


「義経様、ここは引きましょう。蝦夷へ行くのです」

「蝦夷へ落ちてどうするというのだ?!」


「居場所をつくるのです」


「蝦夷は流刑地。追っては来ますまい」

「さするなら、我らも付いていきまする」

「衣川は難関ぞ」


『件の関は素より隘路にして険阻なり。こう函の固めは一人嶮を拒めば万夫も進む能わず』と言われた衣川、天然の要害だ。


「なんの、御先祖様の源頼義様は容易く攻め落としたときいておりますぞ?」


 少し下った先でバズのピコピコハンマーの音と光が辺りを騒がす。バズのハンマーは片面が閃光、もう一面は爆音が爆ぜる。この時代、榴弾のような武器はあったと言われる、それでもそんな比ではない、十分すぎる足止めだ。しかしもう敵は近い。

 イイネ様の鞭が馬の肢を絡め、将棋倒しを引き起こす。しかし敵の数は数百騎、キリがない。



殿しんがりは僕たちが務めます、平四郎様らは早くお子らを連れて先へ! 館に火を放ちます」


 半ば強引に撤退戦が始まる。藍のカイトが敵の頭上を怪しく舞う。アメリカ海軍の射撃の的としての練習台にも使われるのが、このデルタカイト。物の怪もののけにも思えるその様相で見事に矢を躱す、藍が4本のラインを巧みに操る。

 その上カイトは空から催涙弾とも言うべき粉唐辛子を降らせている。見事に進軍を止めた。


「あひぃぃー」「何しやがるぎゃ」

「ぺッぺッぺッ、この、ガキンチョ! 何しやがんだい、あたいたちにもかかってるってんだいッ!」


 カイトからの催涙弾はイイネ様たちをも苦しめた。悶え暴れる。


「す、すみませんッ!」




 数騎潜り抜けてきたのはナミとデンちゃん、武蔵坊が薙ぎ払う。デンちゃんの新技、スタンガン十手の電撃が怯ませる。今までにない痛みは人を恐怖させる。それを横目に武蔵坊は『また面白そうだな』と笑みを浮かべている。




 急峻な絶壁が延々と続き、衣川の本流は渡るのに厳しい。後ろからは追手が迫っている。郷御前を連れた鈴木三郎重家もお子を連れた平四郎もが立ち往生している。


「ここは全員が渡り切るまで、俺が何人も通さん」


 弁慶が仁王像のように立ち塞ぐ。次々に襲いかかる敵も、矢の一本ですら弁慶を越えては行けない。本当に彼一人いれば何者であっても川側へは向かえないと思える。唸る薙刀、切っては返しまた切っては返す。弁慶に近寄る者が減っていく。遠巻きに離れたのなら、今度は一斉に矢を放つ。

 雨のように降り注ぐ矢。


 竜巻を起こしたかのように渦を巻いた薙刀が、周囲の空気ごと矢を叩き落した。弁慶の足元に転がる無数の矢。しかし弁慶の体力が尽きたときこそ、この不毛な戦いが終わる刻となってしまう。




 川の前でエモが大きなボールを膨らませる、まるでゴムボートだ。それに乗り込む義経たち。郷御前や子供たちは気味悪がって足が進まない。

 乗船に戸惑り、時間が過ぎる。


「平四郎まだかッ!? 早く行け!」


 刻が嵩めば敵の数が増える。弁慶はよく耐えている。しかし弁慶をもってしても数の力に圧され始めたかに見えた。



     ……弁慶の立ち往生……



 歴史を知っている者なら誰もがその言葉を頭に過らせた……。




「そーゆーのいいから、行きましょ、弁慶さん」


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