見かけ通りの剛腕を唸らせ薙刀を回す弁慶。間合いの短い十手の不利を体術で埋めたい。しかし弁慶は見かけによらない細かな体捌きで有利を保つ、さすがに百戦錬磨。薙刀を刺してくれば十手で受けられる。されど切って来られたのなら怪力に遠心力が加わって往なしきれる代物ではない。
「どうした、どうした、逃げてばかりじゃどうにもならんぞ?!」
五条大橋の時の牛若丸のようにヒラリヒラリと躱すデンちゃん。懐かしそうに微笑む弁慶からは、やはりここに居ることで大きなストレスを抱えていたことが感じ取れる。
デンちゃんは鉄扇と十手の紐を長くして結び合わせた、そして鉄扇の方を側でクルクルと回し始める。
鎖鎌のように放った鉄扇は束に絡まり薙刀を封じ込める。ここぞとばかりに間合いを詰めるデンちゃんに腰の刀を抜く弁慶、これを十手で防ぎ鉤で刀を絡め取ろうとするが、鎌倉時代の刀は反りが大きく鉤から逃れてしまう。刀を自由にしてしまった接近戦。弁慶の振るう刀戟は強烈で辛うじて防いだデンちゃんは体勢を崩されてしまう。振りかぶった弁慶の刀に殺気が籠る。
「デンちゃん!!」
ナミの叫びが空気を震わせる! その刹那、突如空から降ってきた何かが弁慶とデンちゃんの間に割って入り、視界を奪う。その降ってきた何かを叩き切る弁慶。
真っ二つに切られたそれは藍のカイト。藍のカイトには竜胆の紋様が描かれていた……。
「弁慶、それまでだ」
「参りました、降参です」
義経の言葉で即座に身を引く弁慶。デンちゃんの代りに藍が負けを認めて幕引きを図る。深く呼吸を整えた弁慶は、一段上からモノを言う。
「そこそこできるようだが、戦は1対1の戦いではない。刀を絡め取ろうなんてそんな捕縛を目的とするような戦い方ではこの後の戦では生き残れんぞ」
「頭に刻んでおきます」
弁慶も分かっているようであった、平泉も瀬戸際だ。自身も主君の義経も近いうちに生死を懸けた大一番が待っているだろうことを。
義経は藍のカイトにも興味を持ったようで、二つになったカイトを手に取ると、しばらく黙った後、彼の家族たちを見てこう呟いた。
「竜胆……勝利・正義⦅竜胆の花言葉⦆……いや、今となっては、必要なのは『ささやかな幸せ⦅笹の花言葉⦆』かもしれんな……」
義経はひょっとしてこのとき京での再起を諦めたのかもしれない。そして白の征旗に拘った兄・頼朝に反するが如く、
河内源氏ゆかりのこの地がそう想わせたのかもしれない。
反幕派公卿であった村上源氏・通親が、その想いと笹竜胆を拾い上げ源氏の家紋とした、とクエスト終了後報告で知ることとなる。
◆◇◆◇
「ねー、ラン先輩のあのカイト、スポーツカイトっていうんですよね?! 凄い速さなんですね」
「切られちゃってすみません、俺を守るせいで」
「大丈夫だよ」
「なんか、弁慶さんイライラしてた……」
「京への脱出も上手くいかない、ここ平泉も安全とは言えないこの状況だからね、仕方ないよ」
「わたしたちの作戦は京都じゃなくって、蝦夷⦅* 北海道⦆に逃がすんでしょ?!」
義経が京都に戻る意志を書いた手紙を持った比叡山の僧は、1189年1月に捕まってしまっている。そしてナミたちは知っている、迫る1189年6月15日が決戦だということを。
「ねーねー、ランちゃん先輩って『逃がし屋シンドラー』って異名があるのよね? それってどーして?」
「ラン先輩はね、独りでレベル4『脱出クエスト本能寺 織田信長』と『脱出クエスト近江屋 坂本龍馬』のクエストをクリアしているからだよ」
「へー、すごーい! どーやって成功させたんですかー??」
「実はたいしたことは何もしていないんだ……」
藍は照れくさそうに話を続ける。歴史は何も変わらなかったしね、とこれから世界遺産となる中尊寺金色堂をみやる。
「本能寺は変が起きたときと後に秀吉が建てた場所が違うのはご存じの通り」
「そーなの? わたし知らない」
「でも実は本能寺は最初からそこに在ったんだ。『跡』とされてる場所こそが信長の最期の場所なんだ」
「どういうことですか?」
「本能寺には南蛮寺に続く抜け道があったんだ。あの時、僕は信長を連れてそこから外へ出た」
「あーまた、男のロマンってやつが始まったー」
「クエストはそこで達成。しかし逃げる道中信長はずっと考えていた……」
藍は空想する……きっと義経もあのときの信長と同様のことを今、考えているんじゃないか……何故かそう思えて仕方がない。
「光秀にこれをさせたのは誰か……長曾我部? 家康? 秀吉? やはり朝廷か? 単身、脱出後のそこから再起を図るには……やっぱり自分は『うつけ』だって……」
「うつけって??」
「空っぽって意味かな?!」
「信長は『ここで終わる方が良い』といってあの有名な辞世の句を残し舞った……それを後で知った秀吉が信長の名誉を守るため、信長最期の場所が本能寺から逃げ出た場所にさせないため、『本能寺は移築したこと』にしたんだ」
藍は本能寺の変が起こる遥数百年も前、先日納められた金色堂に眠る三代秀衡公を偲んだ。
恐らく藍の心には、脱出口から顧みた燃え盛る本能寺を睨む信長を思い出していたのだろう。