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第35話

 静御前は逃避行の直前、義経の子を身籠ったと推察される。そのことは余計に、義経の『奥州に着いたら必ず呼び寄せる』の言葉を忘れられなくさせる。

 同様に郷御前も平泉で落ち合うために京に控えてその出番を待ちわびていた。⦅* 逃避行に同行していた説もあるが矛盾が生じるため不採用⦆郷御前は身重の身体だ、年明けすぐにでも生まれることだろう。



 年が明けた静は、郷御前を見て焦りを隠せない。


「このままここで御子が産まれるのを待っていたのなら、いつまた豫州様⦅* 義経⦆に相まみえる日が来ることでしょうか? その前に奥州を目指さねばなりません」


 静は義経の後を追う準備を進める。


 それを知った郷御前は、人生の選択を迫られる。何せ、静が吉野山で義経と別れを告げた頃、郷御前の実父である河越重頼は、義経との関係を理由に領地を召し上げられている。粛清も時間の問題と言われている。

 郷御前の命は頼りない糸によって保たれている……それは頼朝が昇り詰めたステータスをもってしても未だに頭の上がらない頼朝の乳母・比企尼の孫娘が郷御前だという事実、それである。

 郷御前は義経と離れて、河越の地で生きていくこともできる、幸い、生まれてきた子は女児だ。頼朝は大赦するであろう……そして郷御前の母・河越尼はまだ生きている。



……しかし、郷御前はその道を選ばなかった。



「私も一緒に平泉まで共にしようぞよ」

「北方様……」



 なれど悲しきかな、この奥州路は美濃で、頼朝の義経捕縛のため強化した地頭によって捕らえられてしまう。

 郷御前は河越の威光により許される、されど静御前は鎌倉へと連れて行かれてしまうのであった。


 こうして1187年2月、郷御前の待つ奥州平泉に義経は辿り着く。⦅* このとき『息子と娘の2人連れていた』と記述されてる資料もあるが、1186年生と1187年生となるため不採用⦆そのときにはもう伊勢義盛⦅三郎⦆も源有綱も側に居なかったという。




 これを知ったナミは深くため息を吐いた。ナミたちは吉野山でのこと、京まで送ったことを静御前より聞いていた郷御前の言葉添えがあって、ここ、平泉で義経に目通りで来た。


「これじゃあ、静御前も鎌倉であの歌を舞、彼女の子供は……」

「それに郷御前も御子も、義経と果てる運命……」

「クエスト内容の『義経を救え』……どうすればいいのか……」


 恐らく未だ姿を見せないもう一組のクエスト参加パーティもきっと、最後の『衣川館の戦い』で伝説にある通り、蝦夷へ逃がす作戦に違いない。ナミたちも最後の決戦に備えていた。




 藤原秀衡を頼って再度平泉に逃れた義経……義経が平泉入りして僅9か月しか経たない10月29日、秀衡は死去してしまう。秀衡は鎌倉からの圧力に対して子らに『もし頼朝が攻めてこようなら、義経を将軍として協力してこれに当たれ』そう遺言していた。初めから秀衡は関東以西を制覇した頼朝の勢力が奥州に及ぶことを警戒していたからだ。

 しかし秀衡死去後、度重なる追討要請により泰衡との齟齬が激しくなった為に、京都へ脱出・帰京しようとする義経。


「我が君は京に戻って再起を図る。秀衡入道殿がお亡くなり成された今、こんな所に居ては身の危険だ」


 弁慶は壁に耳があろうとお構いなしの大声で話す。一瞬ナミは義経が鎌倉より京に戻った静御前に会いたいのかな? なんて思ってしまう。しかし再び郷御前らを逃避行に巻き込むことは忍びない。安寧に暮らすことは不可能なのであろうか? 義経が郷御前と娘に優しく接しているのを何度も目にしている。




「面白いものだな、ちと、儂にも貸してくれんかの? して……この名は何というのかの?」


(何ていうのかしら? 紙ヨーヨーは『カメレオン』って呼ばれてたような……確か、中国ではカメレオンを『変色龍』って言うって……)

「如意龍! 今そう決めたわ!」

「如意龍……そうか、良い名じゃの」


 ナミのヨーヨーに興味を持った義経が近寄る。紙で作られた玩具が元である、興味を引くのは尤もといえる。

 しかしナミのそれは鉄巻ヨーヨー。紙よりも重たければ、切れ味鋭く作ってある。慣れない義経の扱いは操作エラーを呼んでしまう。如意龍は義経が思っているより遠くへ伸びた! 近くでは義経の娘と藍が凧揚げで遊んでいる。


「危ない!」


 デンちゃんが十手で鉄ヨーヨーを防ぐ。その先には愛娘がいた。声に反応したのは武蔵坊弁慶。一連の顛末を知ったのなら……


「兜割か? 少し違うな……面白い得物だな、一つお手合わせ願いたい」


 母の胎内に18ヶ月、3歳児ほどの体つきで髪は伸び、歯も生えて生まれ鬼子と恐れられた武蔵坊。武の化身にそんなことを言われたのなら、引き下がれるはずもない。


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