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第32話

「じゃあ、流すよ……」


 ここは藍の部屋。壁一面に飾られているはスポーツカイトと呼ばれる凧である。いかにも男の趣味の部屋って感じがポップではない。

 ナミもデンちゃんも、飾られているカイトに話を触れようと部屋に入るや否や、辺りを珍しそうに見渡した。その気持ちを遮るように素っ気ない仕草で目的へと一直線の藍。


 部屋に招いた人たちは必ず同じリアクションをするから、もう飽きている感じで、このテリトリーにおいて藍の行動はマイペースで寄り道などしない、遊びや余韻を挟む必要性がない。


 今、藍の家は静まり返っている。祖母と2人で暮らしていると言っていた。その祖母も最近具合が悪いときている。無理もない……息子である、藍の父親は行方不明、母親は『レゴリス』と言われる新型ウィルスの流行、それに感染して亡くなったという。




「父さんがスポーツカイトをやってて、僕は父さんから教えてもらったんだ。今は行方不明だけどね……」


 そんなことを言われたなら話題にし難くなって、もう目的のビデオを見るしか他にない。藍の行動を静かに見守った。

 呼吸程の機械音と共に、コンピュータの中に呑み込まれるマイクロチップ。再生が始まる。


「歴史は大河のように流れている。河は水の集まりでできていて、歴史は存在するものたちの集まりでできている。河はただ流れているのではない、河は流れを作っている、流れには意志がある。流れは創っている……時代を、勢いを。それは脅迫概念で動かせるような簡単な道ではない。逆らい曲げようとすれば氾濫する。ゆっくりと呼び込み、その目的地へと誘うが良い。我々シーカーが行っているのは『歴史のマイナーチェンジ』である。それが大きな流れを作り出し、未来のメジャーチェンジとなるのだ」


 顔のみを黒く消し込まれた画像の中の男は冒頭、そう言った。



***



 源義朝は、平治の乱で平家との合戦に敗れ討ち死にする。平清盛は義朝の息子たちを後の禍として殺そうとしたが、義朝の側室であった常盤御前ときわごぜんの美しさに魅了されてしまう。

 自らの妾になることと引き換えに、常盤御前の3人の息子である、今若丸、乙若丸、牛若丸を助けることとなる。


 それが全ての始まりとなった……。




『レベル4 源平合戦後記~奥州平泉~衣川の舘 源義経』




 常盤御前の美貌から始まった物語は、常盤御前の子・義経の愛妾・静御前との千本桜の別れ、囚われた後の舞は切ない恋い慕う想いを……そして正室・郷御前との逃避行の最期ラストで締めくくる恋の物語。




『吉野山 峰の白雪 踏み分けて 入りにし人の 跡ぞ恋しき』

『しづやしづ しずのおだまき 繰り返し 昔を今に なすよしもがな』

 静御前の歌は後世に伝え継がれ、人々は胸を打たれる……。




「九朗⦅* 義経⦆めはどこにおるのじゃ」


 静は鎌倉で執拗な尋問を受けるが、義経のことを口にすることはなかった。


「のう静君、君は京で白拍子をしてたと聞く。ぜひ舞を見たいものじゃ」


 頼朝と政子は静の舞に強く興味を示す。住吉の地で雨乞いを行っていた静御前の美しさに見惚れた義経が、彼女を気に入って召し抱え妾にした。その美しさと舞の見事さは、遠くここ鎌倉まで音に聞こえている。

 鎌倉の強要に負けた静が舞ったのは源氏の繁栄を願うためではなく、離れ離れになった夫・義経を想い舞ったのだった。


「あーキュンとしちゃう……それなのに……」


 それなのに今、ナミの目の前にいる義経は、鎌倉・頼朝からの追討を恐れ、京を離れ大物浦から船で西国へ下ろうとしているのだが、この都落ちには、静御前の他に幾人もの女性を同行させているのだ。


(女を何人連れて行こうとしてるのよ、まったく……)


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