赤穂浪士たちの心は何を以って救われるのか……。ナミたちは、討ち入り前の深川に同士を集め
「内蔵助さん……仇討ちと復讐は何が違うのでしょー?」
「復讐とは私怨である。これに対し仇討ちとは忠義である」
ナミにそう聞かれたとき、内蔵助は言葉の力強さとは裏腹にこみ上げてくる思いがあった。
先日離縁を申し渡した妻
そんな内蔵助を我に変え在らせる藍の言葉。
「忠臣とは? 不義とはなんですか?」
「蘇我兄弟の仇討ちが武士の本懐であり手本である、主君の仇を取らぬは武士の名折れである! これを忠の道と言わず何と言おう!」
「それはつまり、浅野内匠頭の名誉のためというよりも、残ったあなたたちの誇りのためではないのですか?」
「君辱めらるれば臣死す!」
「それでも范蠡は越を覇王にしたではないですか!」
「大学様が閉門のうえ本家の広島藩浅野家に引き取られる事が決定した今、お家再興はあり得ない」
「『君使臣以礼。臣事君以忠』……君は臣に礼を尽くし、臣は君に忠を以って答える……それこそが君臣の契りなのではないでしょうか?」
「…………」
内蔵助が目を瞑り、考慮に入る……『所領も捨て、家臣も捨てての刃傷にござる』……この言葉が意味するのは? 元々内蔵助は急進派を諫めて、内匠頭の3回忌まで討ち入りは待とうとしていた。
大学が本家の広島藩邸に移される決定がなされたことで討ち入りを決意した迄である。内蔵助の奥の芯にあったのは仇討ちよりも再興であった。
「浅野さんの家臣は300人くらい居て、討ち入りに参加していない方が多いのにさ。討ち入りした人たちをちゃんと忠臣って思うのかしら……?」
ナミが少女な呟きを落とす。ナミのボヤキはごもっともで、内蔵助以外の4人の家老も、5人の組頭も討ち入りには名を連ねていない。
君の名誉は臣が仇討つことで世間に知らしめることができるけれども、臣たちが君のために忠を尽くしたのなら君は臣に報いなければならないのが、遥か『御恩と奉公』から成る武士の成り立ち。
仇討ちは臣の義を貫いた証ではあるけれど、それだけでは武士の誇りとは単なる『自慰』だ。家督は赤穂浅野家がお取り潰しになった時点で君も臣も碌は無く、この先もない。ならば浅野の行いこそ、浅慮極まる『恣意的』以外の何物でもない、なぜならこの刃傷事件の事情聴取にて、内匠頭は心神喪失はしておらぬと明言しているからだ。
内蔵助は葛藤する……やはりお家再興こそが『自分勝手の自己満足』でなくすための最良の結果であったはずである。
それはもはや叶わぬものとなってしまった……ならば……?
「内蔵助さまが臣としての忠を通したのなら、大学さまに再興と君としての礼を誓ってもらうべきですよね? 忠を貫き通した義士の誰か1人でもその約束を見届ける必要があるのではないでしょーか?」
「『16ヵ条の心構え』、それに討ち入り時には表に趣意書の口上を掲げ、『天下に仇討ちの意志を示す』それこそが真の目的ではないのでしょうか?」
デンちゃんが伝えた大石自身の言葉に、仇討ちと復讐の違い……ナミの言葉が重なる……。
『天下に仇討ちの意思を示す』……吉良を討ち取ることは目標であって達成ではない、吉良を討つことで内匠頭の無念と我ら赤穂の想いを天下に知らしめることこそ真の目的。
……ならば……寺坂を生き証人として残そう……仇討ちが『独りよがり』と言われぬよう、大学様が浅野本家で過ごされる日々は、我らの想いと常に共にあるよう臥薪嘗胆の日々でなければならない。我らの証が正しく後世に伝えられなければ……我々は救われない。
大石の決意はそこに至った……。
そして寺坂私記は残される……逃亡説や足軽は義士ではない、と言われながらも史料を残した。