デンちゃんは山田宗編の庵であるものを目にしてしまう。それは……デンちゃんがこの時代のクエストを切望した動機となった花伝書『古今立花大全』『立花図并砂物』『瓶花図彙』の三巻である。
「これを父さんに持ち帰れば……」
花伝書を目の前にして心が揺らぐデンちゃん。頭で『ダメだダメだ』と邪心を振り払うけれど、花伝書をペラペラ捲ってみたのなら、心が邪をくすぐる、父さんの喜ぶ顔が目に浮かぶ……持ち帰ることは時代法に抵触するのは分かっているけれど、デンちゃんの心に魔が差しこむ。周囲を見渡すと手が伸びる……。
◆◇◆◇
ナミたちが情報をもたらした12月5日の茶会は延期となる。しかしながら横川勘平が12月14日の茶会の情報を得る。ここに運命の討ち入りが決定したのである。一度延期になった討ち入りが引き波となって、この好機は大波と化す。もはやナミたちに討ち入りを食い止める手立てなど微塵もなく、浪士たちの士気は高まった。
12月14日浅野内匠頭の月命日である討ち入り当夜、吉良邸を守る人間は、茶会で酔っている武士が多いものの、邸内には30人ほどいて総数は赤穂浪士の倍以上の数が詰めていた。
前日の雪が積もる午前4時……竹を押しつぶすような物音が微かに鳴っている。少しの間があって静寂が打ち破られる……門扉を打ち破り、吉良邸に突入したのだ。
照らすのは未明の弱い月の光のみ、邸内に押し入った浪士らは提灯と廊下に蝋燭を立てて進む。吉良邸護衛の者たちが大勢出て来る。しかし準備の差がモノを言う。
一番の働きは
ナミたちは吉良邸の北塀で接する旗本土屋主税と共に、この討ち入りをただ観戦した。義士たちは礼儀正しく土屋邸にも壁越しに挨拶していた。
空が白み始めた頃、再び土屋主税へと挨拶が呼びかけられた。
「ただ今、吉良上野介殿を討ち果たしました。騒動を起こし、ご迷惑をおかけいたしました。すべて済みましたこと、ご報告いたします」
塀の向こうから吉田忠左衛門の使いの者がそう告げたとき、ナミは何故だが涙が零れた。こうして大石たちの討ち入りは静かに終わった。