藍は混乱に乗じて大石に目通りできればそれでよいと思っていたが、やはり簡単に行くはずもなかった。
「僕はこのクエストに槍の穂20本を持ち込んでいるんだ」
「槍?」
「そう、天野屋利兵衛って知っているかい?」
「知りませーん」
「物語としての忠臣蔵では、吉良邸討ち入りを支援をした『義商』として知られているが、実在の天野屋利兵衛は全く関係のない人物なんだ」
「それが?」
「だから僕たちが『義商』となって歴史を物語と同じくさせるんだ」
「それと大石内蔵助のアポとどう繋がるの?」
「武器を支援して堀部安兵衛に取り入ることで、大石との繋がりを得るんだ」
「なるほど!」
「この槍代が結構高くついちゃってさ、パティ―人数が増えるとクエスト申請経費の枠が大きくなるから助かったよ」
この作戦が上手くいき、ナミたちは大石と顔を繋ぐことができたのだった。
この間、吉良は隠居を願い出て、家督を息子の吉良左兵衛が嗣ぎ、討ち入りの先延ばしを主張している大石はお家再興の嘆願書を出す。
しかし大石は妻と離縁し、討ち入りを示唆する行動もとっている。大石内蔵助ほどの男をもってしてもまた、大いなる葛藤の狭間で矛盾した2つの行動を取ってしまうのであろうか……。いいや、史実の大石内蔵助は『
兎にも角にも、ついに大石の天秤を決定づける裁定が下された……。
1702年7月、大学は幕命により3000石の所領も召し上げられ、広島浅野宗家にお預けとされる。
これにより大石は京都の円山に家臣らを集める。7月28日、『円山会議』である。円山会議には19人の家臣が参加していた。『討ち入り』の採決である。円山会議での決定を機に、それまで連絡を取り合っていた家臣130人のうち、半数以上が去っていった。多くの家臣が将来のない仇討ちよりも、お家が再興され、再び平和な生活に戻りたいと考えていたことが分かる。
ナミたちもそれに乗じて討ち入りを止めようと言葉を尽くしたが、徒労に終わる。
【かねてから知らせておこうと思ったが、その暇もなく、今日のことはやむを得ず行ったことである。さぞや不審に思っていることだろう】
最期に内匠頭が口頭で残した謎が残る事情である。
すべてなげうって刃傷に及んだにもかかわらず、吉良を討ち損じ、無念のうちに内匠頭が最期を遂げたことは明らかだ、少なくともナミにはそう解釈できるものではなかった。
【前から考えていたことだが、報告する時間もないうちにその場面がきてしまったんだ】内匠頭はそう言ってるに外ならない、それで巻き添えを食った赤穂藩士たちが仇討ちを推すわけがない、命を懸けて仇討ちする価値がないことを訴えるのだが、『武士』という理由で跳ね除けられてしまう。
ナミからすれば武士とは、独りよがりの自惚れ、自己陶酔以外何ものでもなかった。
吉良邸討ち入りがあったのは、それから凡そ5か月後のことであった。
◆◇◆◇
『恋の絵図面』。吉良邸の女中お
「女っていつもこの手の役回り……」
ナミは不服顔だ。
そういうナミたち3人も最後の最後までクエスト達成を諦めないながら、大石たちの信頼を得るべく江戸にて吉良邸の内情を探っていた。その中に山田宗徧という茶人がいた。
桜田上屋敷前で山田宗徧とトラブルになったナミたち。槍20本の内最後の5本を届けるために堀部と待ち合わせていたところ、デンちゃんとぶつかった山田が桂川籠を落とした。それを拾おうとしたナミから零れ落ちた槍の穂が籠を傷つけてしまったのだ。
「何てことをしてくれたんだ、これは利休様から手前が預かり受けた大切な籠……来たる12月5日の茶会で使う予定であるのに!」
「すみません、すみません」
平謝りするナミ。これが『花入・桂川に槍による切れ込みが残っている』真相となる。
「炉の時季に珍しいですね、籠花入れ。入れるのは椿ですか?」
「左様、椿である」
「では茶会はお武家様ではないと思わしますが、かような御家宝を持ち入る茶会となると、どこぞの御貴族様でありましょうか?」
デンちゃんの言葉を藍が引き継ぐ。デンちゃんは父の加護によるものだが、さすがに藍は教養と機転が利く台詞である。しかし山田もうっかり吉良の名を出すはずもなく、藍の質問に応えは無い。
「お詫びに椿のかわりになる珍しい花を献じさせてください。きっと茶会を引き立てますこと間違いございません」
今度はデンちゃんの返しが冴える。こうしてナミたちは山田宗編の本所宅へ邪魔することになった。
デンちゃんが用意した花はポインセチア。日本では明治時代に入ってくる花で、この元禄の時代ではお目にかかることはでき無い花だ。
「
「おぉ! これは見事な……吉良様もきっとお喜びになる……」
山田宗編はそう溢したのだった。