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第25話

「寺坂さんはどーして外されてるの?」

「え~と……討ち入りの後雲隠れして、切腹を免れたらしいけど……」


 ナミの疑問にデンちゃんは携帯端末で調べた画面を見ながら答えた。その言葉の後に、コーヒーを呑み込んだ藍が付け加える。


「吉良邸まで来たけど入らず逃亡した、とか諸説あるみたいだけど、分限帳にも載らない足軽なんぞを義士に加えるのは恥だとかってなってる……」

「ふーん……浅野さんも梶川さんも、武士って何だかとっても侘ぶい・・・のね」


 日本茶ではなく、イタリアンローストの深煎りブラックで苦いコーヒーをセットで選んでいたナミは、味わいのあるビターな表情を抽出しながら言う。

 器に着いた紅は唇の赤より濁っていて、飲んでは拭うことを繰り返している。


「ナミちゃん、意味わかってて使ってるの?」

「どーでも良いとこ気にするところ、みんななんか残念……」


生き様、みたいなのをどう見せしめるのか……」

「切腹は勇気と名誉ですからね」

「死に様=武士の証。それで人生の完成を迎える」

「画竜点睛を欠いた寺坂は47士から外された、というわけですか」


「ところで、敬語は止めない?」

「それじゃ先輩も苗字呼びは止めましょー」



***



 クエスト再開は4月12日の赤穂城明け渡し後、大石が京都・山梨へ入った後からの再開を選択した。大石は6月末に家族とともに山科移り住んでいた。近くに街道が走る山科は、赤穂から京都や大坂に移った浪士たちと連絡を取るのに都合がよかったからだ。

 ナミたちのクエスト再開の少し前、大石は3月27日から3日間、城の大広間で赤穂浅野家の方針を決めるための大評定を開いた。


「籠城し、城を枕に討死すべき」

「追い腹を切って、主君に殉ずるべき」

「吉良の屋敷に斬り込もうではないか」


 さまざまな議論がなされたが、結局大石は家臣たちに分配金を渡して城を明け渡した。


 そしてナミたち3人が大石に目通りを願い出たが、取り付く島など無く門前払いであったのは言うまでもない。


「うーん……どうしたものか……」

 デンちゃんが頭を悩ませたのなら、


「2人はどうやって大石内蔵助にアポ取るつもりだったの?」

「恥ずかしながら、ノープランです」

「じゃあ、僕のやり方でいいかな?」

 そう言って藍は笑った。




 幕府の裁定と当時の民衆の感覚の間には大きな隔たりがあり、それ故、堀部ら江戸急進派の討ち入は世評を追い風としていた。


 吉良は非難の目を意識して、負った傷を14、5日で治ったのにわざと重く広めたが同情も引けず、高家肝煎の辞職まで追い込まれた。そしてお役御免となった後、大名屋敷の多い呉服橋の屋敷を召し上げられて、人気のない江戸郊外にある本所松坂町に移り住む事になる。

 これは討ち入りをしやすくするために吉良を郊外に幕府が移したのではないかという噂が江戸に流れたほど世評は吉良に厳しいものだった。


「武士道と云は、死ぬ事と見付たり」


 そう言って堀部安兵衛は決意を揺るがせることはない。


「武士の心得を説いた『葉隠』は、将軍が打ち出した『生類憐れみの政策』に反しているのではないでしょうか?」

「命を軽んずることが無きよう『人々が仁心を育むよう』求めたのがお上の政策」


 大石に説得を任せられた潮田、中村が言葉を尽くす。しかし堀部は代々浅野家に仕えた大石と違い、堀部にとって主君は浅野内匠頭長矩ただ1人、二君には使えぬ、転職なんて絶対あり得ない終身雇用の元祖。


 その長矩が切腹の死の際に気にかけたことが『上野介はどうなったか?』ということ。トップダウンの絶対服従である堀部からすれば、長矩の最期の言葉を達成すること以外選択肢はない。


「侘ぶいわねー」


 ナミが言い出したのなら、


「ブラックだな、何とも田舎臭い」

「センスあるエモい武士インフルエンサーがいれば歴史は違ったのかな」


 デンちゃんたちも賛同する。時代は変わっても、いつだって世界は偏っている。


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