「どーするのデンちゃん? このままクエストギブアップにする?」
「うーん……浅野内匠頭の刃傷事件は起きちゃったけど、赤穂浪士46人を救うのは『討ち入り』を止めさせれば良い訳で……」
「まだクエスト成功へのアプローチは残されてる、ってことよね?!」
「さて、クエストを続けるにはここを出て、何からするか……」
江戸城は今、ハチの巣を突いた状態だ。刃傷事件が起きた上、朝廷の使者を接待している江戸城内に、不審者を許したのだ。その不審者に蹴とばさされた梶川は鼻息を荒くしている。
手早くデンちゃんが江戸城の地図、そして街道の地図を広げて読む。ナミが現在地を探しきらない内にデンちゃんは、地図を丸めるとナミの手を取り立ち上がる。
元来デンちゃんは頼りない存在ではない。しかしグイグイ引っ張って行くタイプでもない。
それでも彼には『大丈夫』と思わせるほどの言葉に力があった。
「よし、ナミちゃん行こう!」
西詰橋を通って吹上御苑、四谷御門を出て甲州街道を逃げる、江戸城脱出成功である。恐らくこれが最良の江戸城脱出の
太陽と江戸城を背に逃げる2人は、痛快なほど画になっていた。
「へぇ、ちゃんとしてますね……」
藍は2人の江戸城での逃走劇、一部始終を観戦していたのだった。
◆◇◆◇
藍はこのクエストをナミたちとは違う方法でアプローチしていた。彼は初めから刃傷事件に干渉するつもりはない。
藍が描くストーリーは、①家中の願いとも言える弟である浅野長広による浅野家再興と吉良への裁断。②大石良雄⦅=内蔵助⦆以下、赤穂浪士たちの想いを昇華させたうえでの討ち入りの不実行。
……討ち入りに参加
刃傷事件を防ぐことに失敗したナミたちも、藍同様『討ち入り回避』が次の方法とする以外無かった。
『忠臣蔵』の舞台は堀部安兵衛を要とする吉良討伐の急進派の江戸詰め、大石内蔵助が籠り練る、京都・山科の二つの拠点となる……。
江戸城下では町奉行が刃傷事件における不審者であるナミたちを捜索している。人相、特徴などが触れ出され、ナミたちは現代で感じることのない『街の目』という包囲網の威力を知る。
「ナミちゃん……岡っ引きが俺たちの後を追けて来ている」
「どーしよ……なんだかみんながこっちを見てる気がするよー」
「こっちだ、早く! こっちに来い!」
内藤新宿にさし掛かる前、手引きする声が聞こえてくる。従うべきか? ナミが不安をデンちゃんに、視線でそのままぶつけると、決断よろしくデンちゃんはナミの手を握ると即座に声へと向かう。
「ありがとう、助かったよ、ひょっとして後からクエストに参加した人って……」
「そう、僕はシーカー。だからお安い御用、恩に着るとか言いっこなし、お互い様さ」
「俺は安川伝記、んで、こっちは」
「万代奈御子さん、でしょ?! ぼくは新道藍、はじめまして」
デンちゃんとナミは顔を見合わせる。
「どーしてわたしたちの名前、知ってるの?」
「僕は安川くんより1年早く高校を卒業してシーカーになった。仲間は普通に進学がほとんどで、シーカーなんて不安定な就職する人はいない。だから僕は同世代のパーティメンバーを募集中って訳、見習いシーカーの安川くん」
「なるほど、俺たちのことはすでに調べ済ってことっスね……」
「先輩ですねー?!」
「俺も先輩の名前は知ってますよ、『メディエ通信』のバックナンバーで特集記事読みましたから」
「それは光栄だね」
「『逃がし屋シンドラー』」
「逃がし屋?」
「そう……超有名なクエストを……」
「まぁ、その話はまた今度にして……どうだい? このクエスト、協力しないかい? 松之廊下で失敗したのにまだクエストアップしてないってことは『討ち入り阻止』でクエストクリアを狙ってる、そういうことだろ?」
「協力ってどーするんですか?」
「君たちが僕のクエストメンバーとして申請しなおすか、僕が君たちのパーティとして再申請してクエストを続けるか。僕としてはこのクエスト臨時ではなく今後もずっと同じパーティとして登録を申請したいと願うのだが……」
ナミはデンちゃんの顔を見る。ナミはメディエ登録していない、だからナミはデンちゃんに従う他ない。2人でクエストに出るのがデートみたいとか、きっと藍さんのように仕事としている人からすれば不誠実で軽はずみにしか思えない事だろう。
デンちゃんだってきっと真剣にクエストに臨んでいる、ナミは自分だけがデンちゃんの藍さんに対する答えに邪心を挟んでいると感じる。
デンちゃんは何と応えるのだろう? それによってデンちゃんのクエストに向かう姿勢が問われてしまうとしたのなら、デンちゃんにはこの問いに答えて欲しくない。
「デンちゃん……」
ナミは感じる。人は何かしらの選択を迫られたとき、2つ以上の感情が気持ちを責める。答えはきっと未来にしかない、歴史が解答を伝える、後悔の重さが決断の答え合わせだとしたのなら、梶川のように矛盾した行動は、やはり人間らしさ、なのだろう。